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wonderwall


*中編の後日談


地味であまり目立たないタイプ。
それが伏黒恵が虎杖の妹に初めて会った時に抱いた印象だった。双子なのに全然似ていないなとも。
だがこうして二人が並んでただのカラオケなのにここはクラブかと勘違いしてしまいそうになるほど歌い踊り狂っている姿を見ると第一印象というのは当てにならないなとしみじみ思った。
向いの席に座っている釘崎に視線を向けるとタンバリンを手にしたまま呆然としている彼女と目が合った。おそらく今の自分も同じ顔をしているに違いない。

ことの始まりは四時間前。
任務の後宮城からわざわざ上京してくる双子の妹を迎えにいくという虎杖に釘崎が興味を示したのが発端だった。
あんた妹がいるの?しかも双子?うん。どんな子?可愛い?あんたに似ている?身内の俺からは何とも…あ、伏黒は一度会ったことあったよな。は?まじ?なんでそんな面白そうな情報をすぐに言わないわけ?そんなに気になるなら釘崎も来る?軽く飯食った後カラオケ行くけど。行く!あんたもついて来なさいよ伏黒。
 二人の会話を殆ど聞き流していた結果気がついた時には何もかも決まっていた。いつもは新宿の駅が難解過ぎるだの、原宿に新しくできたカフェに行きたいだの、タピオカは本当に美味しいのかだの生産性のない話しかしないくせにどうして今回に限ってそういう話になるんだよ、と心の中で毒づいた。断ろうかと思ったが根が真面目な伏黒にとって男より喧嘩っ早い釘崎と両面宿儺の器でありながらお上りさん丸出しの虎杖が夜中に都内で徘徊しているのは中々不安だった。本当は家でゆっくりと過ごしたかったが、きっとこの二人のことが気がかりでそれどころではないだろうと判断し渋々了承した。
そして、その結果がこれである。

虎杖の妹は兄と久しぶりに再会しテンションが上がっているのか、それともマイクを手にすると性格ががらりと変わるのか、伏黒があまり聞いたことがない曲を一番スペースのある入り口の前で激しい動きを交えながらかなりの歌唱力で歌い上げていく。本人はメロディーに合わせて体を揺らしているだけなのだろうが膝丈までしかないスカートを履いているのにソファーの上を飛び回ったり、低くしゃがんだ状態で尻を激しく動かすので男の伏黒は目のやり場に困った。少し赤くなった顔を手で半分覆いながら「オマエ兄貴なんだから注意しろよ!」と虎杖を睨みつけたが彼は慣れているのか気にした様子もなく妹の歌に合わせて「woah, oh, oh, woah〜」と歌い始める始末だ。妹と同様歌が上手いのが尚更腹が立つ。
 ようやく曲が終わると、フルで歌ったわけでもないのに虎杖が満足げな顔をして席に戻ってきた。ストローでコーラを吸い上げながら「やっぱ澄花がいると違うわー」と呑気なことを言うのでお前らを見ているこっちの身にもなれよと思った。
釘崎も同じだったようで、虎杖の妹が隣に座ると「あんたら、ただのカラオケなのに激し過ぎでしょ。怖いわ」と苦笑いした。釘崎にしてはかなりオブラートに包んで言った方だ。まだ妹の性格が掴みきれていないのだろう。こうしてちょこんとソファーに座り、水滴がテーブルにつかないようにお手拭きでカップの底を拭くような慎ましい少女がつい先ほどまで今手にしているお手拭きを放り投げ、トゥワーク・ダンスをしていたとはにわかに信じ難い。実際にその姿を目にしていたとしても、だ。兄である虎杖曰く妹は「人見知りが激しく」、「滅茶苦茶いい奴」で「滅茶苦茶面白い」と言う。滅茶苦茶いい奴はともかく人見知りは分かる。最後の滅茶苦茶おもしろいというのはこの二面性のことなのだろうか。もしそうだとしたら虎杖の奴、なかなか歪んでるな。

虎杖の妹ははにかんだ笑みを浮かべた。

「悪習なの。亡くなったおじいちゃんが昔地元のカラオケ大会のチャンピオンで…歌を歌う時は本気でやれって小さい頃からかなりしごかれたんだ」
「そういや三歳の時から日曜になると近所のスナックやカラオケボックスに連れて行かれたなあ。懐かしー。あのスナックのママ元気かな…」

遠い目をして昔の思い出に思いを馳せている二人を見ながら相当苦労したんだなと少しばかり同情した。だからといってあのダンスはいただけない。というより誰から教わったんだ?そのスナックのママか?
その時、唐突に聞き慣れたメロディーが流れ始めた。よくテレビのCMに流れている有名な曲だ。
「あ、次私と虎杖だわ」
釘崎がそう言ってマイクを二つ手にして立ち上がった。一つを虎杖に向かって放り投げると「よっしゃきた」とばかりにキャッチする。二人が先ほどの場所に並んで曲に合わせて少し体を揺らしながら歌い始める。
釘崎もかなり上手い方だが、あの虎杖と一緒に歌うなんてかなり勇気がある。この前確か採点機で90点以上弾き出してなかったか、こいつ。

「伏黒君」
そんなことを考えているとふいに名前を呼ばれ、声がした方向に視線だけを動かした。虎杖の妹がリモコンを持ちながら少し身を乗り出してこちらを見つめている。歌った後だからか頬が赤らんでいた。
「私次の曲入れたんだけど、伏黒君何か歌う?」
「いや、俺はいい」元々楽しむつもりでここに来た訳ではなかったし、この妹の後に歌うのはなかなか気が引ける。釘崎もきっと同じことを思うはずだ。おそらく最後は双子の独擅場になって締めくくられるだろう。
虎杖の妹は「そう」と言って、リモコンをテーブルに置くと今歌っている二人に目をやった。歌声に耳を傾けているようだったが、気がかりなことがあるのかどこか集中できないようだった。時折横目でちらちらとこちらを見てくることから、伏黒に何か言いたいことがあるらしい。
 伏黒は気がつかないふりをして待った。わざわざ自分から尋ねるのも野暮だし、言いたいことがあるなら自分から言ってくるだろと思ったのだ。ステージでは虎杖が急に釘崎のパートを奪ったので、怒った彼女が「邪魔すんな!」と背中を蹴っていた。

「あのね、伏黒君」曲が終盤に差し掛かると、ようやく彼女は振り絞るように声を上げた。再度向き合った彼女は薄暗がりの中でもはっきりと分かる程真っ赤な顔をしていた。それを見てどういうわけか赤いパプリカを思い出した。トマトとか人参とか他にも例えることができる野菜があるはずなのに。何故よりによって大嫌いなパプリカなのか彼自身分からない。

「悠仁をいつも助けてくれてありがとう。本当に感謝してもしきれないよ」
「……は?」

身に覚えのないことを言われ思わず間抜けな声が出てしまう。先ほど考えていたパプリカの件は綺麗さっぱり頭から吹っ飛んでしまった。

「俺は何もしてねぇ」
「そんなことないよ。悠仁がいつも言ってるよ。伏黒君がいなかったらやばかった時が何度もあったって。伏黒君のおかげで生きていられるし、沢山の人を救うことができるって」
「………」

伏黒はそれは違うな、と心の中で呟いた。現に一度虎杖は死んだ。俺の目の前で、宿儺の手によって。虎杖の死は五条の一存によって今もまだ妹に伝えられていない―――「悠仁が死んだと分かったらきっと澄花は恵を殺しにくるよ。恵だって一般人を傷つけたくないでしょ?」というずるい文言にまんまと丸め込まれてしまった。
奇跡的に虎杖が生き返ったとはいえ、未だに彼の死を打ち明けていないのは罪悪感を感じた。彼女に礼まで言われるとますますそれが強まった。

彼女の目がまたしてもパートを奪ってしまい釘崎に必死で謝っている虎杖に向けられる。母親や恋人が向けるような愛情のこもった眼差しだった。

「あいつね、いつも無理するんだ。馬鹿だから自分の限界を知らないの。いつ死んでもおかしくない―――だからブレーキをかけてくれる人が必要だった。あなたみたいな、ね」
「それ、アンタの役割じゃないのか」
「うん。私はあいつのブレーキを壊す係だから」
伏黒は虎杖妹の言っている意味が分からなかった。もっと詳しく聞くことも考えたが、途中でやめた。彼女が聞かれたがっているのはそんなくだらないことじゃない。

「まだ二回しか会っていない奴を信用するのか?俺のこと何も知らないだろ」
「そこは大丈夫。悠仁は人のいいとこしか見ようとしないけど私は違う。人を見る目だけはあるんだ」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。

「伏黒君は信用に値するいい人だよ。安心して悠仁を任せることができる」

伏黒は今日初めて虎杖の妹―――澄花の顔をまともに見た。虎杖と似ているけれどやはり違う―――兄とは違って身体は華奢でほっそりとしていて、表情もどこか柔らかい。髪だって黒くて長く伸ばしているし、目つきもどちらかというと目尻が下がっていて優しげな印象だ。だが根本的なところは二人とも変わらない。


伏黒が助けたいと思うような善人だ。


「……アンタは、俺を憎んでいるかと思っていた」彼女の目から視線を逸らして代わりに握りしめている自分の手を見つめた。「偶然とはいえ、俺がアイツをこの世界に引きずり込んだ。大変な時期だったのにアンタらを引き離した」
「うん。それは確かにむかついたよ。だけど、これとそれとは話が別じゃん。それに、私、伏黒君のこと―――」

澄花がまたしても顔をパプリカ色に染めながら口にした伏黒君のことが一体何なのか、結局は分からなかった。ちょうど歌い終えた虎杖と釘崎が席に戻ってきたのだ。

「あっちー。さすがに二曲連続はちげぇわ。喉がもたねえ」
「よく言うわよ。あんたが私のパートも歌ったからでしょ」
「だから悪かったって、釘崎〜〜〜」
「明日のランチ代奢ってくれたら許してやる」

虎杖と釘崎がギャーギャー言い争っている姿を見たり、二人の会話をシャットアウトすることにすっかりと慣れている伏黒は「で?」と続きを促した。だがタイミングよく話の腰を折られた澄花はもう続ける気分ではないらしく、「やっぱなんでもない」と言ってぎこちなく笑った。

「次私の番だから行くね」

虎杖からマイクを受け取ると、もはやステージと化したスペースへ向かう。イントロが流れている間虎杖がうずうずしながらこちらを見てきたので、伏黒は「なんだよ?」と眉間に皺を寄せた。

「俺の妹と仲良くなってんじゃん。なんだかんだで女慣れしてるよな、伏黒」
「ちょっと話してただけだろ。小学生かよ」
「むっつりだからああいう小動物みたいな女の子は狙いやすいのよ、きっと」
「オマエは黙ってろ」

ゲスい言葉ばかりを投げかけてくる同期たちに苛々しながら否定し続ける伏黒だったが、「あいつ、いい奴だろ」と誇らしげに言う虎杖の言葉には、素直に頷いた。
そしてニヤニヤ笑いを浮かべている二人を無視してステージに視線を向けた。歌詞が流れているスクリーンの前に立ち、目を閉じながら身体を揺らし始めている澄花の姿がそこにあった。

善人だよ。オマエも、妹も。

伏黒は心の中でそっと呟いた。



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