風の憂鬱


 ――それはそれは遠い昔、まだ世の中に機械などが存在して居なかった頃。

 とある山の山頂に、静かに力を合わせて暮らす小さな集団が居ました。彼らが神聖なものとして扱っていたのはもっとも身近な自然現象の一つ、“風”でした。彼らは知識を生かしてその風を利用してはその土地を盛んにしていきました。するといつの間にかその土地には多くの住民が居るようになり、民族と化していきました。彼らは風を起こすのは神様だと信じ、それを風神と名付けて祀っていました。


 そんな土地、のちに風吹の頂と呼ばれるところで、ある日奇跡が起きるのです。――なんと、空から本当に彼らの呼ぶ風神と名乗るものが現れるのです。

『私はあなた方の風神です。あなた方の思念から成り立った風の意思の様なものです。貴方がたが神への恩恵を忘れなかったお陰で私風神はこうして風を起こすことができます。神の存在は人から成り立ち、また人の存在は神から成り立つ素晴らしい関係なのです。そこであなた方に風の力を受け渡すがために、こうやって姿を現したのです。』


 唖然とする民族の者たちの前で風神と名乗った者はそう告げ、その場を去って行きました。民族たちはしばし夢でも見たかのような感覚に覆われていましたが、すぐに自分が風を操ることが出来ることに気がつくと、歓声をあげるのでした。


 しかしその喜びもつかの間、その力を悪用しようと考える邪悪な者があらわれてしまったのです。そこで民族は決別してしまい、風魔族と総称されていた民族は風紀族と風利族に分かれてしまいました。風紀族は風は私たちの支えであり悪用するものではないという考えであり、風利族は風は利用できればどんな道にでも利用するものという考えでした。

 風神様はその光景を見て悲しみました。とはいうものの風神様にも深い闇があったからなのです。

 居もしない存在を祀ることによって風への感謝を現していた風魔族。そんな中何処からか湧いてきた風の意思は塊となって、風神としてその感謝を受け取ることとなるのでした。しかし風神にもいつの間に“自己”が芽生え、人間に近い孤独や悲しみを覚え、風を司るのは何も自分だけでなくてもいいではないか、彼らと話してみたい、触れてみたい――という風神の意思で彼らに力をあたえてしまった。しかし結果がこうなってしまってはその行為は飛んでも無い過ちだと気がついたのでした。


風神は自らの思念をのちの民族のだれかに受け継ぐことによってせめて民族をまとめられる様に長い時間をかけて民の優しさを取り戻せるようにと、そんな一つの“規則”を造って消滅したのです。

しかしそんな風神の願いもむなしく、以降、風神は風魔族の中からあらわれては祀られ、決別した族はどちらかに風神が生まれる旅にそれは醜い争いを繰り返してしまったのです。

相手の族の風神を殺せ、次に生まれるのは――うちの族だ。

そんな内戦を繰り返すうちにいつの間にか民族は減少し、もう争う気もまったくない二つの族は結局周りからの認識は風魔族として、その土地にくらすこととなりました。この時点では風神は風紀族に居ましたが、お互い干渉しないせいか風神どうのこうのは全く関係が無くなり、今や風紀族しか風神を信じなくなり、風利族は相変わらず自分の利益のために風の力をつかっているのです。


実に滑稽な風をめぐる物語。そんな中にも、果たして美しいものは存在するのでしょうか。彼らは和解することが、最初の風神の願いは叶うことがあるのでしょうか――

それはまた別のお話で。
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