「俺、友達ってあんまし居なかったんすよ」


 弟の友達、且つ、友人の弟。
 海吏(カイト)君は床にぎりぎり付くか付かないかの度合いで食卓机の椅子に座り、足の爪先を擦り減らすのが目的宛らにぶらぶらと、延々に足を揺らしていた。

「そりゃあ遊ぶダチは居たし、声掛けてくれる奴だって沢山居たし。少なからず一人じゃあなかったんですけど」

 頬杖を付きつつ俺が彼に出したオレンジジュースを、意味も無くストローで掻き混ぜる。からからと音が鳴るのは室温に合わせて溶け始めた大粒の氷達で、それが面白いのか海吏君は、先程からその飲み物を一度も口に含んではいなかった。


「なんか、テンションが合わないっつーんですかね。一緒にずーっと居る奴も特に居なくて、……気付けば俺は、――“独り”でした」





『朝杞と海吏君、何で友達なんだろうな?』

 アポイントメントも無しに海吏君がうちに遊びに来るのなんて珍しいことでは無く、夕方に来たりする時は買い物に行ってしまっていることが多い弟達に代わって、兄である俺が彼の相手をすることが多かった。明るい彼と話すのは苦では無いし、寧ろ楽しく談笑することが出来るのだが。
 姉に似て明るく元気で――手が直ぐ出てしまうところは似なくて良かったと思う――、カリスマ性で言うならスペシャルな彼が、だ。悠夜なら未だしも、ただ同じクラスになったからという理由だけで、お世辞にも――社交性とか、協調性とか、その他色んなものが充分に備わっているとは言い難い弟と。最早正反対と言い切って問題は無い彼が朝杞と友達だという事実が、ふと俺に疑問を抱かせた。

 正反対に惹かれるのは当然なことだと俺は思う。人間なんて所詮は劣等感の塊で、他人からでしか自分の良いところなんて見えないから。
 現に俺から見れば、二人の弟にはそれぞれ良いところがごまんとあるし、今目の前でやっとオレンジジュースに手を付けた海吏君の良いところなんて既に述べてしまった程だ。未だ足の揺れは止まないが、揺れに合わせて揺れる身体で器用にも零さずジュースを一口飲んだ。


「テンションが高過ぎるからっすかね? とにかくなんか合わなくて、遊ぶのも何するのも出来るのに、ずっと一緒に居る奴なんて本当に居なくて」
「……分かるよ、そういうの」
「マヒルさんがですか?」

 俺なんかより全然頭良いのに、何だかおかしな感じ。海吏君はそうは言うものの、気を悪くした様子もなく口角を吊り上げて笑ってくれた。


「だから、朝杞の横は、心地良かったんすかね」


 そしてそのまま、ふわり、と。
 そうやって微笑んだ表情から伺えたのは、――正に安堵の色。先まで揺られていた足は、気付けば止まっていた。

「他の奴等と違う、って言ったら、朝杞が変な奴みたいなニュアンスになっちまうけどそうじゃなくて。……何てんだろう」

 海吏君はほんの少し悩んだ後、何かを思い出したようにははっ、と声を上げて笑い、柔和な表情のそれで俺を見た。

「俺、独りって好きじゃないんすよ」

 自分は独りだったと言った海吏君、けれどそうだったという過去を嫌っている海吏君。


「文句言うし物投げるし容赦無ぇし色々酷ぇけど、――朝杞は何時だって、隣に居させてくれるから」

 
 自ら行動をすることすら滅多にみせない弟を空(くう)に思い浮かべながら、今度は呆れた様に笑った海吏君を視界の端に捉える。自らは動かない、けれど、誰かが苦しい時や悲しい時、隣に居て欲しいと願う誰かの心の声を逃すことなく聞き取れるスキル――恐らく第六感が優れているからだろうけど――と、その思いに素直に応えられる優しい心根を持ち合わせている朝杞だから。
 捻くれていようが根が暗かろうが、その内面的な部分を持ち得ていた。それこそが二人の関係を繋いだ糸口で、それは朝杞にも良いキッカケとして、影響を与えてくれたんだと。


「あ、真昼さん、ひとつだけ」

 兄心という弟達からすれば迷惑でしか無さそうな想いを膨らませ、一人悦に浸っていれば。海吏君はひとつ首を傾げて、不可思議な様子を見せながらも俺を見た。

「ん、何?」
「ひとつだけ、訂正させて下さいよ」

 訂正、そう言われ何処の話をしているのだろうと考えれば、海吏君は再び最初にしてみせた様な満面の笑みと共に右の人差し指を立てた。てっきり自分の発言に訂正を加えるのだと思っていた俺は、次の海吏君の発言を聞いて刹那唖然としてから苦笑い。だけれど言われてみれば確かにそうだ、と俺は考え直し、訂正された部分を頭の中と心内でしっかりと訂正してから、言葉に形成した。



「だから二人は――“親友”なんだな」
















ココロノコエ
(言葉にする必要は無い)
(一方的に見える関係を結ぶのは、)
(声にならない心の声)


――――――――

哉から相互記念に頂きました。
朝夜、思えばここ近年で一番読み返している作品かと。
もともと日常ほのぼのが好きなのはそうなんですがやっぱりこの方が書くキャラが私のツボだったというか。
今や無い方が寂しい“読んで当たり前”な作品のひとつです。
そんな作品の中から今まであまり見たこと無いキャラ同士の作品が良いな、なんて真昼さんと海吏くんという組み合わせで頼んでみたところこんなに素敵な作品になって返ってきました。
やはり朝夜は友情もののバイブルです、これからも頑張って続けてください。

相互記念、相互ありがと!これからもよろしゅう。

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