1話『転校生と僕。』

 昔からくじ引きの運だけは良いらしく、一番後ろの窓際の席をキープし続けて二年間。目立たないがモットーの僕、新 英智(あらた ひでとし)にとっては嬉しいことこの上なかった。そんなある日、近年稀に見る不幸が僕に訪れる。

「はい、みなさん席について。今日は転校生が1人入るので、紹介します。大道寺さん、入って。」

(大道寺・・・?)

 聞き覚えのある名字が耳に入ればうつ伏せてた顔ゆっくりとを上げる。だけど思い浮かべた人物は、とうの昔にこの土地を発った筈。彼女が再び、この土地に戻ってくることなど・・・

「大道寺葎(だいどうじ りつ)です、仲良くしてください!気軽にりっちゃんって呼んで欲しいでする!」

 ーあった。この間抜けなテンション、アホみたいにメリハリのある声。小さい頃よく一緒に遊んでた、あのツッコミ切れないぼけマシーンそのものだった。どーして葎が灯明高校に・・・と、頭を抱えてれば、自分の席につくためにだんだんとこっちに近づいてくる姿が視界の端に見えた。どーか見つかりませんように・・・なんて祈ったところで無駄である。教室内で空いてる席は俺の隣の席ぐらいしかないのだから。

「・・・・・・あれぇ?ひーくん?!わぁ、お久しぶり!」

 冒頭の台詞撤回、やっぱり僕は、相当運が悪いらしい。容赦ない音量で叫ばれたその言葉のせいで、クラスの注目がこちらに向く。自分の心境を全く察せていない葎は、満面の笑みをこちらに向けている。

「・・・・・・どちら様ですか」
「えっ、葎だよ?昔近所いた葎だよ?ほら、砂場でナイル川とか作ったよね?覚えてない?」
「・・・っもう喋るなよ、アホ丸出しだぞ。その声で僕の名前を呼ぶな。」
「やっぱりそのツッコミはひーくんそのものだよぉ、へへへっ、嬉しいなぁ。」
「・・・・・・・・・。」

 無数の視線を背中に感じながらも窓側を向いてその場を誤魔化した。ナイル川ってなんだよ昔の自分たち、知らなかったとは言え砂場でナイル川表現とかないだろ。それにしたってこれは僕にとって緊急事態以外の何ものでもなかった。だって、こいつがいた当時の自分はー・・・・・・今の自分とうってかわって、このテンションについてけるぐらいには気力があったから。つまり、目立っていたんだ、地域の子どもたちを二人で纏めてたくらいには。それを今ー自称地味男にやれっていうのはあまりにも無茶ぶりである。けれど頭のどこかでわかっていた、生まれたときから小学校5年までの間葎と一緒に居たんだ。こいつは常に僕に、何かしらの試練(という名の厄介事)を課してくる。それは5年と少しの間では変わるようなことなかったらしく、朝のSHLが終わった直後にー

「さぁひーくん、私と一緒にこの猫ちゃんの飼い主を探そうか!」

 ーと生き生きした目でこちらを見つめる彼女がいた。


 どこから猫を出してるんだ、どう考えてもそこに入るようなサイズじゃないぞそいつ。不本意にも葎の胸を見るような形になってしまう。そこには一匹の子猫が気持ちよさそうに寝ていて、すっぽりと彼女のブレザーの中にくるまっていた。絶句した状態で一時停止してると、思いついたら早速行動の彼女は僕の腕を引っ張って歩き始めていた。

「――で、説明してもらおうか、葎。」

 どすのきいた声で一言、こいつをどこから拾ってきてどーしてそうなったのかを問いただした。一応怒っているということを伝えるべくわざと声を低くしたのだが全く相手はそれに動じてない。すまなそうにするわけでもなく寧ろよくぞ聞いてくれましたという風にどや顔をしている。しかし聞いた僕が間違いだった。

「んとねー、学校に向かう途中に高橋さんって人に会って、猫ちゃんを拾ったんだけど高橋さんは飼うことが出来なくて、貰い手を探してるって困ってて。」
「つまりたったそれだけでお前は見ず知らずの人からその子猫をはいそうですかと受け取ったわけだな?」
「たったそれだけじゃないよ!困ってたんだよ?そしたら丁度私はこれからたくさん人が集まるところに向かう途中だったわけじゃない?そしたらもう手助けするのが普通なんじゃない!?……昔はよく一緒に困ってる近所の人たちを、助けてあげたよね。もう大人になったんだから近所なんて概念取り払ってもいいと思うんだ!」

 葎の発言を聞いて僕は、――いや、俺は、こいつは俺に昔の俺を求めているんだなって、悟ってしまった。まだ純粋で、行動力も正義感もあったあの頃の自分を。

「……あのなぁ、大人になったからこそ、転校初日でそんな厄介事持ってくるなよ。それにもう、俺は昔の俺じゃないんだ。だからもう、関わらないでくれ。」
「でた、俺ver.ひーくん。ひーくんって感情荒ぶってる時とか本音いうときに限ってその一人称になるよね。……本気、なんだね。あーあ、時って残酷だなぁ、見た目はあの時の可愛いひーくんなのに、中身をスれさせちゃうなんて。」

 誰が可愛いだこのヤロウ。それに、時間だけが俺を変えた原因じゃない。あの数年間の間に僕を襲った、事件が、環境が、僕を変えてしまったのだから。この様子じゃこいつは知らないんだろう、いや、昔からどこか抜けてるくせして変なところに気を遣うやつだから、もしかしたら知らないふりなのかもしれない。彼女がこの街を去った直後といって過言ではない、――その三日後、僕の両親は交通事故で亡くなった。世の中の“不幸”と比べれば、学年にひとりいるくらいの割合で、津波とか震災によって何もかもを失ってしまった人たちもいるってことを考えれば小さなことなのかもしれない。それでも俺にとっては、両親がいなくなってからそのあとの、親戚の待遇が苦痛で仕方なかった。

「仕方ない、りっちゃん一人で頑張っちゃうもんね!」

 僕を同行させるのをどうやら諦めたらしい葎は、クラス内の前の入口から一番近い席から、手当たり次第に猫のことを聞いて回り始めた。僕には関係ないことだ、と窓の方をみても、その姿が窓越しに反射して見えてしまう。一部の女子は黒くて小さな子猫に惹かれ、葎に寄ってたかっている。しかしその中にも飼い手は見つからないらしく、短い間の休み時間はあっという間に終を迎えた。

 とぼとぼと席に戻ってきた葎は、さっきの騒動で目を覚ましてしまった子猫を平然とカバンの中にしまいはじめた。おいおいそのままだと息はしづらいだろうし、なんにせよ鞄の中で猫が鳴いたりしたら先生からどうやって隠し通すんだよと心の中で突っ込む。しかし口に出して言うには遅すぎて、一時間目の授業の開始のベルが鳴った。
[2014/04/07 02:17]

キャラ紹介


新 英智(あらた ひでとし)

灯明高校2年生。真面目且つ冷静な性格で、『目立たない』がモットーの地味野郎。根は優しい。
一人称『僕』二人称『名前・苗字・苗字さん』
ツッコミ及び不幸体質で、りつが持ってくる厄介事にことごとく巻き込まれる。


大道寺 葎(だいどうじ りつ)

灯明高校2年生。どんなところでも元気溌剌、『めげない』がモットーの天然人間。
目に入って気になるものには容赦なくつっこんでいく生活で、見ぬ振りなど出来やしない。英智のことをひーちゃんと呼ぶ。
[2013/06/29 10:03]

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