双陣舞桜 それは綺麗な人たちで |
「これから、どこに行くんですか?」 「…京都所司代。さすがに島原にいたあなたでも知ってるでしょ?」 すたすたと、かなり早足であるく誠桜の後ろをついていく。 「ええと…かなり要人さんが集まる処ですよね」 「まぁ、認識的には問題ないかな。お役人様の総元締めの役割を持つんだけど…今ではここだけじゃ京都を守れないから、京都守護職の下にいるけど」 「へぇ…」 「こういうときは二条城当たりの方が安全だとは思うけどね」 あたしには関係ないけど。 そう言うので、たぶん政治のことは得意じゃないのかな? 「政治、苦手なんですか?」 問うと、誠桜はかなり息苦しそうに答えた。 「…ここだけの話よ。…お役目柄、苦手じゃないけど政治とか堅苦しい話は嫌いなのよ。ただ、家のことで恩があるから協力してるだけ」 そうなんだ…。 てっきり、そういうふうになりたくて仕方なかった人だと思ったのに。 誠桜は、家に縛られているんだ。 私は… 私も、家に縛られているのかもしれない。 ずっと、ずっと。家族のためにお客さんを取って。 それが、嫌だった…のかな。 「ほら、すぐついた」 暗い雰囲気を断ち切るように、誠桜が気丈に告げた。 私たちの目の前には、大きな建物。 ここが、京都所司代。 「はじめてみます…」 「そう?外に出た時にでも目が付くと思うけどな」 「じっくりと街中を歩くことなんかできませんでしかたので。…恥ずかしながら」 「いいのよ、これから覚えればいいわ」 にこり、と笑って。 「行くわよ」 「―はい」 覚悟を固めて、私は門をくぐった。 ◆◆◆ 小奇麗な部屋に通されて、しばらく時間がたった。 かなり門から遠いから、構造的に端の部屋だと思う。 誠桜に何をするのか、と問えば彼女は「会わせたい者がいる」とのこと。 なんでも、これから仕事をする関係だとか。 「片方気難しいかもしれないけどね…まぁ、なるようになるわよ」 「はぁ…」 不安のため息をついたとき、音もなく襖が開く。 「誠桜さん、ただいま参りました」 「あんたの呼び出し珍しいと思えば、なんとやらねぇ」 それは、まるで一対の翼のような人間たちだった。 少女と青年。 紺色の忍び装束に白い帯。 その姿から、隠密なんだろうと思う。 二人とも黒髪に、禍々しさを感じさせない紅の目。 そして、姿そのもの。 ほとんど違いがない―つまり他人の空似ではなく。 「双子…?」 「そうなります。僕たち二人は一卵性双生児。一瞬見分けがつかないでしょう?僕の方が弟になりますが」 青年、のほうが優しげに微笑んで答えてくれる。 一卵性双生児なら、確かにここまで似ていることには異論はない。 「…そこまで初対面の相手にべらべらしゃべる必要はないわよ」 対し、少女の方は冷たい口調で、凍えるような瞳で。 一対なのに、対照的。 鏡に映した羽。 「あんた、もうすこしやわらかくしなさいよ…これから仕事一緒にやるんだしさ」 「嫌よ、誰ともわからない女に親切にできる?」 「…ごめん、あんたにこういう教えをしようとしたあたしが悪かったわ」 誠桜が心底呆れたような顔をしてぐったりした。 とっつきにくそうな印象があるな、と感じる。 「そんで。自己紹介ぐらいしなさい」 「やだ」 「すいません、僕の名前は伊緒(いお)。姉のほうが詩織です」 「…伊緒」 さらり、と言ってのける青年・伊緒さんに、ぎろりと少女・詩織さんが睨む。 私はかなりあせったものの、誠桜はいつものことだといわんばかり。 「いい加減になさい。まぁ、とにかく。あんたも自己紹介して」 誠桜が私をみてくる。 じっ、と左腕に視線を注いで。 つまり、痣を見せろと? 多少とまどいがあったものの、誠桜の紹介する人だ。 たぶん信用できる。 「わかりました。私は先ほどまで島原で天神でした、月詠です」 するり、と着物をはだけさせてその痣を晒す。 「「っ!?」」 ふたりが目を剥いた。 双頭の鷹。 今まで私を縛ってきた鎖。 「ちょっと待って、まさか<雪花洗礼>の能力者…それも完全聖者が来るなんて聞いてないわ!?」 「当たり前よ、言ってないもの」 「声、大きいです」 詩織さんが声を荒げ、それを二人がたしなめる。 「あの…そんなにすごいものなんですか?知ったのがつい最近なので、よくわからないんですが」 おずおずと話しかけると、まだ動揺の残る顔で伊緒さんが言う。 「ええ。<雪花洗礼>を持つ鬼はそうそういません。それも<始まり>に選ばれた人間なんて」 選ばれた鬼。 それが雪花洗礼の鬼で、さらに選ばれたのが完全聖者。 「まさか、とは感じたけど…」 「僕もです、いつもよりも強い反応だと思いましたが」 互いに互いを見つめあう双子。 「さ、二人とも?『ちゃんとした自己紹介』してね?」 艶やかに笑う誠桜に、少女が折れる。 敵わない、といわんばかりに。 「…悪かったわよ。まぁ、完全聖者って聞くだけでちょっとやな感じもするけど」 「姉さん、それは偏見ですよ」 「わかってる」 少女と青年が、それぞれ紺の着物をはだけさせる。 左側―。 そこに在ったのは― 「龍…!?」 ひとつ頭の龍。 双子の左腕に刻まれていたのは、私の鷹とも誠桜の虎と似た系統の痣。 ということは、導かれる結論は。 「<雪花洗礼>の…」 「そう。このふたりはその中でも特殊。<始まり>から声を与えられた家系―そこにはふたつの能力が与えられているの」 伊緒さんがまず。 「僕たちの家系で男は【心波形】という能力があります。その名の通り、心の波の形と色がわかるんです」 「心の波?」 心に波なんてあるものなのかな? 感情の波、みたいのなのは聞いたことがなくはないけど…。 「慣れればわかりやすいですよ。あなたの心の波は少しせわしないですね。月色の波です…あんまり人前で言うと気味悪がられますが」 あなたはどうでした? 伊緒さんが問う。 私はぶんぶんと首を横に振って「むしろ自分をわかることができました」と。 すると、彼は安心したように微笑んでくれた。 次に、詩織さん。 「あたしたちの家系で女性は―」 いったん、切って。 息を軽く吸って、彼女は告げた。 「暁家の女性は【黄泉詠】。黄泉を鎮める詠を紡ぐことができる能力よ」 黄泉詠。 文字通り、黄泉の詠。 それは、死後の国とも言われる。 死後の世界を鎮める…つまり狂気を鎮めるということ? そして、その姓名。 『暁』か…。 一般的に、夜明けや黎明と同意義に使われる言葉。 すべての明けを見届ける。 「そういうあんたの力は?それから姓」 「ええと…明科、です」 「あかしな…科が明ける。これまた不思議な姓ですね」 伊緒さんが、紡ぐ言葉はいつも優しく感じる。 私の過去をも、見抜いてそれを気遣うように。 「力…は、なんでしたっけ誠桜?」 「…【影誘舞】。影のように舞い、人を引き付ける。それが月詠の力」 「そういえば、誠桜の力は?」 「あたし?あたしは【生命眼】。他人の命の残量を見る力よ。この力は実際話術がないと効果ないのよねー。その寿命の話をいかに信じ込ませるか、が鍵だし」 とりとめなく誠桜がいうが、それもあまり表に出さないんだろう。 伊緒さんの力といい、詩織さんの力といい。 それは人を脅かすには十分なんだ。 「この力は、恩恵ともいえるし天災ともいえるわ…。使う人間次第で大きく変わる」 まさに、その力で世界の命運が変わる。 その周りの人間や、己自身で。 正しく使う、とはどういうことなんだろう。 まだ未知数の力。 そのうちに秘めた、どういうものかわからないもの。 「明科月詠。不本意だけど、今日からあんたの仲間になるわ」 「よろしくお願いしますね、姐さんはちょっとぶっきらぼうなので」 「伊緒、余計よ」 つん、とした態度を依然と保った詩織さんは、歳よりも大人びていた。 綺麗なひとだな。 それから、声も澄んでいて…聞いてて飽きない。 「あ、えっと…伊緒さん、詩織さん。私は月詠じゃないんです。それは島原での芸名でしたので」 「そう。あ、あと『さん』付やめて。あたしも伊緒も得意じゃないから」 きっぱりと言い切られる。 それに関しては伊緒さんも同様なようで、にこにこ笑いながら頷いた。 「でも、私島原に来る前の名前なんか忘れちゃいました…」 覚えていたのは、明科という姓だけだった。 仕送りの際に何回か聞いたから忘れてないけど…名前だけは10年くらい聞いていない。 そんなもの、覚えている必要ないから。 「たしかに、捨てなきゃいけないですね…」 代わる名前を考えたいところですね、と伊緒。 ずっと、芸名を使うわけにはいかないし…。 でも本名覚えてないから、ほかに呼びようがないし。 「じゃ、あたしが決めるけどいい?」 そこで挙手したのは、誠桜。 「え、考えてくださるんですか?」 「まぁね。だいたいこんな感じかなって」 誠桜は、あたしに手を差し出してこういった。 「明科『静(しずか)』。ようこそ、幕府の切り札である此処に」 - - - - - - - - - - 科…一定の基準を立てて区分した事柄の一つ一つのこと。 |