真なる桜 貴方への礼讃は、翼を。 |
*誠桜視点* 「決まったわね」 あたしは、もう逃げられないという含みをこめて彼女に告げた。 「―はい」 彼女の瞳には、かすかに迷いが見えたがまっすぐで真摯な目をしていた。 あたしの能力が、無意識に展開・発動する。 他人の寿命が見える能力【生命眼】。 彼女の寿命はまだまだ先にある。 けれど。 あたしが、それを引き寄せることになる。 彼女を、導く。 もっとも死と縁が深い場所へ。 ◆◆◆ 夜が明ける。 翌朝、あたしが真っ先に向かったのは壬生浪士組副長の元だった。 「…休暇だぁ?」 「はい。京都所司代に用事がありまして」 そう告げると、彼―土方歳三は渋面を作って考え込むそぶりをみせる。 彼の考えていることはおおよそ予想がついた。 浪士組で一番偉い人間を抑止する人材がいなくなる、と。 だからこそ、あたしはこう告げる。 「半日で戻ります」 「…そうか。なるべく早く帰ってきてくれ」 「承知です」 ほら、こういえば少々の間があれどすぐに了承しくれる。 彼の場合、会津藩の反感を買わないようにするという理由もあるのだろうが。 あたしはそんなこと考えないけど。 ただ、あっちが勝手にそう思ってくれているので、あたしはあえて口にしない。 「では、この件は龍之介か平間さんに言づけをお願いしておいてください。芹沢さんにです。…龍之介あたりなら、一発ぐらい耐えてくれるでしょうから」 「お前、何気にひどくないか?」 「ほめ言葉として受け取っておきます」 「…その性格どうにかなんねぇのかよ」 土方さんにだけです。 そう言うのも酷なので、言わないけど。 そのまま背を向けて立ち去る。 正直なところ、報告だけじゃない。 あたしは、会津藩にこういわねばならない。 ―即興で、250両用意しろと。 何せ、島原の天神を落籍させるのだ。 それ相応の金が必要だろう。 たぶん、幕府や容保様に話せば出してくれるだろう。 数少ない雪花洗礼<聖母の祝福>の能力者。 それも、完全無比の力を誇る完全聖者となれば、幕府ならずともその力は欲しいだろう。 まして、探してそうそう出てくるものじゃないし、出てきても基本的に人間に対して否定的な場合も多い。 それが、落籍代だけで済むと思えば、かなり破格ともいえる。 たった250両で、雪花洗礼の能力者が幕府につくのだから。 ねぇ、<始まり>よ。 あなたは、こんなために雪花洗礼を与えたわけじゃないんでしょ? そろそろ出てきなさい。 世界を正すときは、今なんだから。 いや。 …裁かれるのは、あたしか。 月詠ではなく、あたし。 間違いなく、彼女の行く先を変えるのだから。 真なる道は、どこへ向かったのだろう。 誠なる桜、斎賀誠桜。 いざ、参る。 - - - - - - - - - - 250両…江戸初期では、1両で10万円ほどの価値があったとされるが、幕末には3000円から4000円ほどに落ち込んだとされる。一般的な諸説では、1万円から10万円ぐらいが妥当。3000円ほどの価値でも、当時ではかなり高額と言える。 落籍…遊女を金で買い取ること。 |