過去の轍
それは、過去のあの日。



豪華な着物。

綺麗な簪。

艶やかな帯。


美しいだけの世界じゃない。


人の熱が絡み合い
酒の匂いが鼻をつき
心在らずして此処に在る身体


冷たい世界。

本当の愛なんて知らない。
形だけの愛しか知らない。


そんな私だけど――


*****



私が生まれた時、既に家は貧乏だった。


母は私に言った。
「お前がいてくれて嬉しい」と。

父が私に言った。
「お前がいれば心強い」と。


私は笑った。無邪気に笑っていた。




その本当の意味さえ知らずに。




『ねぇ、父さん母さん!私がいなくちゃいけないんでしょ!?なのにどうしてこうするの?』

『母さんも父さんもうれしかったよ』

『――お前の器量がよくて』

『貴方の頭がよくて』


それは、初めから私を売るつもりで言っていたんだ。


『嫌だよっ、ねぇ!』


泣き叫ぶ私を、引きはがしていく。



『ありがとう――。これでお腹の子も育てられるわ』

『――、これで父さんも母さんと姉妹は幸せに暮らせる』

『――はいい子だから』

『――は優秀だから』



『できるでしょ?――。』



重なった声。

腹の中で眠る子の声も重なって―。


『――』


失われた名前。


凍りついた時間が崩壊していき――


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