「ナマエは中学の同級生なんですよ。彼女今はカラブリアの高校に通ってるみたいですが」
部下に持ってこさせたポットの紅茶をティーカップに注ぎながら、見送りから帰ってきたミスタにジョルノがおもむろに話し始める。「あなたも飲みます?」と言われたがミスタは「いや」と断った。相変わらず抜け目ないというか、目ざといというか。ナマエとの関係が気になって気になって気になって気になって仕方なかったことを、この若き頭領は的確に見抜いていたようだった。
「彼女、シチリアマフィアの家系の一人娘なんですよ。まあ、百年以上前に没落したみたいですけど」
「へえ、じゃあ一応本物のお嬢様ってわけだ」
「いえ?普通の人ですよ。両親が金持ちってわけでもないし」
「金持ちだろ?あんな高そうなバッグとアクセサリー持ってんだから」
ふー、と表面を冷ましてから、ジョルノがティーカップの縁に唇をつける。その上品な所作の主がさっき高笑いしていた少年と同じ人物だというのだから、全く頭のいい人間とは掴めないものだ。
「ロッテリア・カンディって知ってます?」
突如そう切り出されてたっぷり三秒考えたものの、結局なにも思い当たらずミスタは無言で首を振った。
「飴のくじです。飴の包み紙に模様が入っていて、それがくじの識別番号になっている……」
「ああ」ここでようやくピンと来た。「知ってる」
「それを作ったのが彼女です」
「へ、へえ……?」
要領を得ない表情を返したミスタを見て、ジョルノはクスリと笑って頬杖をつく。
「十二歳のときです。両親から借りた五百万リラを元手に、市販の飴を何袋か買って始めた。最初は五十人くらいしか集まらずに赤字だったみたいですけど、それでも彼女は当選者に百二十万リラ分の服を買わせた。代金は彼女がブティックに払うんです。足りない分は自分の五百万から出して」
「そりゃあ……一万リラの飴だろ?百二十万リラの賞金を出すには百二十人に買わせないと、赤字だろう」
「そうですね。でも始めは、ですよ。彼女は毎週それをやって始めは赤字続きだったんですが、回を重ねるごとに飴の購入者が増えて、一ヵ月後には百人、その次の月には五百人になった。それでも当選者が使える金額は変わらず百二十万リラ。残りは全部彼女が取る」
がめついでしょう、とジョルノが笑う。一万リラの飴を五百人が買ったら五百万リラ。その中から賞金の百二十万リラと飴代のいくらかを引いても、残りはまだ三百七十万リラ以上。十二の女の子が手にするにしては結構な大金だ。
「そんな派手な商売して、誰からも何にも言われなかったのかよ?お前の中学の同級生つったら、このへんでやってたんだろ?モロにうちのシマじゃねえか」
「彼女、マフィアの家系だって言ったでしょう。そのへん話が分かってますから、みかじめ料を毎月払ったんですよ。どれくらい払ったのかは知りませんが、まあ結構鯖読んで安く上げてたでしょうね。どれくらいの人数が飴を買ったかは『今後の売り上げに関わる』と言って絶対に明かさなかったし、それにナンバーは数字じゃあなく模様だったからギャングの方も把握できなかった」
「……なんか、お前みたいなやつだなあ。ちっせーのに頭がキレるっつーか、変なこと考えるっつーか……」
「それ、褒めてます?嬉しくないんですが」
むっとむくれた表情のジョルノがいつもと違って歳相応に見えて、「褒めてるよ!」とミスタはニヤっと笑う。
「……そうですか。まあ、いいです。それでナマエですけど、彼女は儲けを全部投資に回しました。地元の小さな商店を支援するためのチャリティーみたいなこともした。そうして地元の商業組合の支持を得たんです。そうしている間にもロッテリア・カンディの収益は出ますから、人を雇って他の地域でも飴くじを始めたり、ブティック以外でも買い物ができるようにしたり……うちで買い物してくれって頼む店もあったらしいですよ。僕は詳しくは知りませんが」
いやいや、十分詳しい。彼女の両親だってそんな細かいことは知らなかったんじゃあないかと思うくらい、ジョルノの口からはありとあらゆる情報が語られている。そんなミスタの正直な感想を表情から察しでもしたのか、ジョルノは心底つまらなそうな顔で「だって」と口火を切る。
「彼女が自慢してくるんですよ。なんでそうなったか覚えてませんけど、彼女は何かと僕に張り合ってくるんだ。うっとうしいったらない」
「……そんなこと言って、楽しそうにしてたくせにィ」
「楽しいですよ。彼女を打ち負かすのはね。でも自慢されるのは楽しくありません」
ツーンと顔を背けてそう言ったジョルノがなんとなくナマエと重なって見えて、ミスタはまた笑いを堪えることになる。なんだろう、今日の我らがボスはいやに歳相応で、楽しそうだ。楽しくないと言いつつも、なんだか活き活きしているというか、なんというか。
「まあ、半分くらいは僕が調べた情報でもありますけど、でも別に彼女に対抗してるわけじゃあないんですよ。ネアポリスを治めようと思ったら自然と行き当たる部分です。彼女は今はカラブリアでやってるみたいですが、もう街の商業には根付いてしまっている。今更変えられることじゃあありませんし、それに街の金回りがよくなるなら好き勝手させておく方がいい」
「おーおー、ジョルノさまはお優しいこって」
「ミスタ、君、今日はやたらと楽しそうですね?」
「楽しそうなのはお前だろ?」
まさか、とジョルノは椅子を回してミスタに背を向ける。広い椅子の背もたれにすっぽりと覆われて見えなくなるその体躯はやはり発展途上の子供のもので、ギャングのボスという肩書きにはそぐわない。
「……僕と彼女の理念は共通してるんです。彼女は街の自衛組織だったころの古き良きマフィアを、彼女の祖先が栄えていたころのマフィアを再興したい。僕はこのパッショーネを、街の人々から英雄と褒め称えられ、頼りにされるような……ブチャラティのような人相を持った組織にしたい」
それでもジョルノはパッショーネのボスだ。ディアボロを倒したのはまぐれではない。彼はそれだけの実力と人望を持っている。それに惹かれた者が彼の道を切り開く手伝いをし、それを認めた者が今ここで彼に従っているのだ。
「嫌いじゃあないんですよ。ナマエのこと。好きでもありませんけど」
「素直じゃねえなあ。目指してるものが同じなんだろ?一緒にやってけばいいのに、お前ら」
「……僕とナマエが?」
―― 私とジョルノが?
先ほどナマエを送ったときのことを思い出す。空き巣崩れの弱小マフィアの倅と婚約するより、この広大なシマと財産を持つパッショーネのボスに成り上がった同級生に言い寄った方がよっぽど良いし何より手っ取り早いんじゃあないかと、そう言ってみたのだ。
―― あいつ顔もいいし頭もいいし、言うことないだろ?なんで空き巣なんだよ?
―― 空き巣空き巣って言わないでくれる?ちょっとやんちゃしただけよ。今は私がそれなりの仕事をやらせてるもの。
―― うわ、もう尻に敷かれてんのか……
―― あんた本当にうるっさいわね!横ッ腹捻り上げるわよ!?
で、どうなの?―― 純粋な好奇心からそう聞いてみると、ナマエは呆れたような表情でこう言った。
「嫌ですよあんな性格悪い女」
―― 嫌よあんな性格悪いやつ
ミスタは思わず噴出した。もう一度椅子をくるりと回して姿を見せたジョルノが、訝しげに眉を寄せる。
「それナマエも同じこと言ってたぜ」
「でしょうね」
さも当然というような顔でジョルノが言う。その表情もどことなくナマエと似ているのだからまたミスタは笑ってしまう。はじめに同級生だと言われたときは何の冗談かと思ったものだが、こうして見るとそれも納得できる。兄妹というには似ていないが、他人よりもずっと似ている。同級生という関係はまさに二人を表すのにぴったりの言葉だ。二人とも頭がよくて、可愛げがなくて、慇懃無礼で、ついでに性格が悪い。
「まあ、彼女のやることについては、僕も認めなくはないですが」
ギイ、と音を立ててジョルノが脚を組む。
「でも彼女のお願いは聞きません。『あんたにはあんたの計画がある』、その通りです。僕には僕の計画がある。麻薬は取り締まります、徹底的に。そんなに中毒者が気になるんなら彼女が麻薬カルテルを牛耳ればいい」
ジョルノは声色一つ変えずににっこり笑った。約束したんじゃ?と聞いてみても、さて、何か書面を交わしましたかね?としゃあしゃあ返してくる。
「こえーなあ、うちのボスは」
「ギャングですから」
そりゃそうだ。ナマエには悪いがミスタはジョルノの部下で、ジョルノの味方である。麻薬取締りの件は諦めてもらおう。さっき横っ腹をひっぱたかれたせいか彼女が悔しがる顔を思い浮かべてみるとミスタも若干面白いような気分になったので、「ギャングだもんな」とジョルノの言葉を繰り返して執務室を出た。
それから三週間後のこと。部下からの通達を受け取ったジョルノが険しい表情になり「やられた!」と唸るようにして言葉を漏らした。何事かと話を聞いてみると、当選させようとしていた麻薬取締り推進派の議員が、軒並み手のひらを返して取り締まりの公約を撤回したということだった。「絶対ナマエだ。そうに違いない」というジョルノは苦虫を噛み潰したような顔で顎に手をやり、執務室の端から端までをカツカツ歩いて考え事に耽っている。
ナマエの言った「取り引き」の材料とは、口約束のことではなかったのだ。きっと彼女はあのまま渋られたらこう言おうとしていたのだろう、「カラブリアに手を出すならこっちはお抱えの政治家に手を出すわよ」と。
子供同士の痴話喧嘩だと思って面白がっていたら、とんだ結末が待っていた。いや、ジョルノのことだからこれを結末にはしておかずにここから反撃の狼煙を上げるのだろうが、それでも耳元で風船が破裂したかのような感覚は拭えない。
これからどうなってしまうのだろうと若干他人事のように思いながら、ミスタはさきほど部下から預かった手紙をジョルノに渡すタイミングを図りかねている。ボスに届いた郵便は全て安全確認のため中身を空けるのが慣例になっていて、この封筒も例に漏れず封が切られているのだが。ちらりと覗いてみるとその中身はメッセージカードらしき紙が一枚入っていて、そこにはどうやら「ご機嫌いかが?さぞ不愉快でしょう。嬉しいわ」などと書かれているようである。
こんなもの、今渡したらジョルノの機嫌は氷点下にまで下がってしまうし、かといって後で渡せばどうして早く渡さなかったんだとなじられそうだしで、ミスタはますます手の中の封筒を持て余してしまうのだった。
せいぜい仲良く喧嘩しな