夜明け前の暗い部屋の中でひとり静かに目を覚ます。枕元をまさぐって目覚まし時計を引き寄せると、いつも起きる時間より一時間も早かった。寝返りを打って二度寝を決め込もうとしたけれど、じっとしているといろんなことが頭に浮かんできてどうにも寝付けず、諦めてだるい身体を起こす。眼球は乾ききってしぱしぱするし、頭だっていつに増してぼんやりしている。昨日酔っ払って泣きながら不貞寝したせいだろう。鏡を見に行くと見事なまでに瞼が腫れていた。
 慣れない自棄酒で気が晴れたならまだ救われもしただろうに、私は多分、嫌な夢を見た。細かいことはあまり覚えていないけれどウェザー・リポートが出てきたことは確かで、私たちは和やかに会話を楽しんでいたような気がする。会いに行けばこんなに素敵な時間を過ごせたのにどうして逃げたの、と問い詰められているような気がした。あんな重大な事実を胸にそんな浮かれて会いに行けるわけがないでしょ。誰に言うでもなく心の中で言い返して、また気分が沈む。それだって言い訳に聞こえる。もう何を考えても暗くなるばかりだった。結局私は優柔不断の臆病者で、幸せを逃し続ける人間なのだ。







 必死に冷やしたり温めたりした甲斐あって、刑務所に着いたころには瞼の腫れも大分引いていた。疲れた顔をしているのはどうしようもなかったのでウエストウッドに心配されてしまったが、今日で最後だからと無理矢理笑ってみせるとそれ以上言及されることはなかった。そう、今日で最後なのだ。嫌で嫌で仕方がなかった刑務所派遣から、これで解放される。

 持病のある囚人たちに手早く薬を渡して、怪我を訴える囚人には無言で処置をする。昨日私は上の空で無視をしていたらしいし、ウエストウッドは相変わらず大声で怒鳴りつけるのに、それでも懲りずに何人かが卑猥な言葉や罵詈雑言を投げかけてくる。初めのころはそれがどうしても不快で無意識のうちに顔を歪めてしまっていたんだろうけど、今日は自分でもびっくりするくらい無表情を保つことができた。慣れもあるだろうし無反応が一番いいのだと分かったこともあるだろう。けど一番の理由は、囚人たちの言葉が全く心に響かなくなったことだろうなと、私はぼんやり感じていた。
 これも上の空と同じだろうか。何を言われても耳を素通りしていくような感じでちっとも感情が沸いてこない。ウェザーといたときの胸の高鳴りを思えば囚人の叫びなんてどうでもいい。ウェザーに会いにいかなかった後悔と自責の念を思えば、囚人のからかいなんて、私の仕事に対する侮辱なんて、大したことなかったのだ。







「君とここを歩くのもこれで最後だな。少し名残惜しいよ」

「うん、私も」

 予定通り、明日には元の職員が復帰し始めるらしい。ウエストウッドも今までの持ち場に戻るのだ。元々は今のユニットより大分荒んだ場所に配属されていたらしく、正直あと一日くらい延長してもよかったのにと零す彼に軽く笑って相槌代わりにした。

「ああでも、警報機が鳴るたびに走らなくちゃあならなかったからこっちはこっちで大変だったかもしれない。毎回悪戯だったり誤作動だったりでほとほと疲れたよ。今日くらいは鳴らないでくれるといいんだが……どうせ鳴るんだろうなあ」

「……鳴るかしら」

「鳴るだろう。そう思っていた方が気が楽さ」

 言葉に込められた意味は全く違っただろう、けれどウエストウッドの一言は私にも僅かながら気休めになった。鳴るだろうと思っていた方が、確かに楽だ。鳴らなかったときのことを考えると悲しくなってしまうから。警報を鳴らす理由は一つしかないけれど、鳴らさない理由はいくつでも考えられる。怒っているとか、どうでもよくなったとか、昨日待っているうちに見回りの看守に捕まってしまったとか、他にもいろいろ。
でも、もし警報が鳴ったとして、私はどうするつもりなのだろう。分からなかった。自分の気持ちが分からなかった。







 管制室に行くと、警報が鳴らなかったことについて看守の間で議論まじりの雑談が飛び交っていた。愉快犯が飽きたんだろうとか、昨日の昼から今日の朝にかけて医療棟へ入院した囚人が犯人だとか、どれも憶測の域を出ないもの。自分の名前の入った仮の通交証を室長へ返した私は、この一週間ですっかり顔見知りになった看守にお疲れ様と肩を叩かれながら部屋を後にしようとしていた。そのときだった。
 地鳴りのような轟音と共に部屋が揺れて、思わずしゃがみこむ。同時に蛍光灯の光や壁一面のモニターに映し出された監視カメラの映像が全て消えた。そこへ繋いでいる大元の機械も次々ヒュウンと音を立てて落ちていく。停電したのだ。
 非常電源に切り替わって最低限の明かりが点くと、看守たちは無線が繋がらないと外へ飛び出したり、モニターの映像を復旧しようと機械をいじったりし始める。私は邪魔にならないようにとしゃがんだまま壁際ににじり寄って、さっきの衝撃の動揺を収めようと深呼吸をした。部屋中がバタバタしている。どうやら雷が近くに落ちたらしいと伝言が回り始めたころ、びしょぬれの警備服を着た男が管制室に飛び込んできて、心底参った様子でこう言ったのだ。

「門の制御部分に雷が直撃した。門が開けない!」







 六時のナースタイムが終わったころから降り始めたという雨は八時を回った今も降り続いていて、雷にやられてしまった門も依然として開かないまま。聞けば駐車場の入り口のシャッターまでその余波を受けて壊れてしまったというのだからもうお手上げだ。緊急用の船があることにはあるらしいけれどそれを使うには所長の許可がいるとかいらないとかでまた揉めていて、最悪門をこじ開ける業者が来るまでここを出れそうにない。自販機で買った安いコーヒーを啜りながら面会室のベンチに座り込んでもう大分経つ。携帯の画面を見るたびちっとも時間が経っていないのにがっかりした。
 警報が鳴るのは、ウェザーが私を呼んでいるということ。鳴らないのはその反対だから、呼んでいないということ。自分で決断するのは苦手でも、相手から道を示されれば行動は早い。私はすぐに帰ってしまうつもりだった。アパートに帰って昨日のお酒の残りを飲んで、大昔に録画したタイタニックでも見ながらまたべそべそ泣こうと思っていたのだ。それでピリオドを打とうと思った。まさかこんな時間まで水族館に居残っているだなんて予想だにしていなかった。
 どうせ帰れないのなら医療棟の手伝いでもしようかと、私はベンチから立ち上がった。慢性的に人手不足だから雑用係の立候補は喜ばれるはずだ。それに仕事をしていれば余計なことを考えなくて済む。
 味の薄いコーヒーをぐいと飲み干して、空の紙コップ片手に面会室を出たとき。ドアの陰から人が飛び出してきて、驚きのあまり悲鳴を上げそうになった。大きく息を吸い込んだ私の唇に彼が人差し指を当てて「静かに」と言わなかったら、多分、叫んでいた。

「……ウェザー!どうしてここに!」

「シー……もう少し静かに。行こう。ここじゃあまずい」

 あっ、と漏らす間もなくウェザーは私の手首を取って引っ張ると、注意深く辺りを見回しながらずんずん先へ進んでいく。曲がり角では特に慎重になって人気がないのを確認していた。
 本当なら私も後ろの確認を請け負ったらよかったんだろうけど、軽く握られた手首が気になって、手首をすっぽり包み込む彼の大きな手が気になってそんな余裕はなかった。私がそこに気を取られているのだと気づいた彼は、二つ目の曲がり角に差し掛かったとき自然な動作で手をすっと滑らせてちゃんと手を繋いだ。気を遣ってくれたんだろう。気になっていたのはそこじゃあなかったけれど。
 管制室と医療棟を離れ、しばらく歩き続けるとリネン室も食堂も越えて収監ユニットに近づいてくる。時折天井の壁際に設置されたカメラへ私が視線を移していると、ウェザーは口早に「停電して不安定になってるから今は映らないはずだ」と告げた。

「……でも、急にいなくなったら誰かが気づくかも」

「今看守は全員バタバタ走り回ってるし、外へ出てもこの雨だ。家には帰れないだろう。門が壊れたんだってな?尚更だ。君はどこにも行けない」

 手を繋ぎ直したっきり一度も振り返らなかったウェザーが初めて立ち止まり、振り向いて私と目を合わせる。

「それなら、オレと来てくれ」

 今日で最後なんだろう?そう言って彼は私の頬を撫ぜる。

「どこへ行くつもりなの?」

「君とゆっくり話せるところだ」

「……話があるの?」

「ああ。君はないのか?」

 ないことは、ないけど。ウェザーは私の返事を聞かずに歩き始めた。廊下、廊下、曲がり角、廊下……そして階段を上がっている途中で、再び地鳴りと停電が起こった。重警備刑務所の水族館は窓がほとんどない上に防弾防音だから外の様子が分からないけれど、もしかしたら酷い嵐になっているのかもしれない。一度目の停電のときはすぐ非常電源に切り替わっていたのに今度はなかなか明るくならなかった。

「丁度いいな。、あと二段上がれるか?ゆっくりでいい」

 二段上に上がったらしいウェザーに手を取られたまま、恐る恐る階段を上がる。

「そうだ、あと一段……よし。次はこっちだ。こっちの方向に三歩進んでくれ。踊り場だから大丈夫だ、段はない」

 踊り場なんてあっただろうかと一瞬思ったけれど、促されるまま少しずつ進んでいく。あと一歩、と言われて踏み出すと、突然ぱっと目の前が明るくなった。眩しさに目が眩んで何度も瞬きをする。手で顔に陰を作りながら瞼をこじ開けると、そこは古びたフローリングの部屋で、中央には立派なグランドピアノが据えてあった。

「ここは……?」

「音楽室だ。正確に言うと音楽室の幽霊なんだが、説明しづらいからただの音楽室だと思ってくれればいい。看守や他の囚人は来れない場所だ」

「……よく、分からないけど……分からないけど、分かったわ。この間の霧みたいに、あなたの周りって不思議なことが起こるんでしょう」

 諦め半分と夢心地半分で、私は投げやりに言った。ウェザーはそうだと頷いて私をピアノの椅子に座らせる。そうして自分は私の前に膝立ちになり、少し見上げるような姿勢になる。

「なぜ昨日来なかった?」

 ウェザーは単刀直入に言った。私はしばらく黙って俯いていた。誤魔化すか正直に白状するかをこんな瀬戸際になってもまだ決められずにいたのだ。ごめんなさい、と苦し紛れに呟くと、ウェザーは優しい声で「オレのことが嫌いか?」と言った。

「……そんなわけないじゃない」

「じゃあ、どうして」

「………………あなたの、ことを……看守から聞いたの」

 ごめんなさい、と途中途中に挟みながら、私は事の顛末を語った。言い訳がましいと思いつつ、ほんの出来心だったことも少し触れて。だって、あんな大切なことを暴いてしまうなんて思いも拠らなかったのだ。無邪気な好奇心で卑怯な真似をして、何て馬鹿だったんだろう。
 最後まで聞き届けたウェザーの反応を私はびくつきながら待っていた。そしてあっさり放たれた「なんだ、知ってたのか」という言葉に、心底気が抜けた。

「いつ言おうかと思っていた。君はそれほど知りたくはないだろうから、言っていいものかどうかも迷っていた」

「知りたくないって、なんで……」

「好きでもない相手のことを知ろうとは思わないだろう」

「好っ……きよ、私。あなたのことが……好き」

「そうか」

 私の両手をそっと取ったウェザーが立ち上がったのにつられて、私も椅子から立ち上がる。そのまま手を引かれて身体を引き寄せられかけたけれど、私は足に力を入れて抵抗した。「どうした?」ウェザーが訝しげに手を握る。

「……分からないの。全然、決められないのよ……私、愛が全てって言い切れるほど素敵な人じゃあない……自分のこと、薄情で酷いって思うけど、それでも、あなたが囚人だって思い知って身が竦んだの。記憶がないって聞いて、どうしたらいいか分からなかったの。覚悟できないの……あなたのことが好きなはずなのに、素直に、飛び込めない」

「そうか。なら、オレから近づく」

 動かない私の代わりにウェザーが一歩距離を詰めて、私の背に腕を回した。鼓動が近い。雨の匂いも、近い。それだけで何も考えられなくなる。理性が緩んで刹那の感情に身を任せて、それでいいわけがないのに。だめだって思ってても、この暖かさと緊張感のある腕の中ではどうやっても自分を取り戻せそうになかった。

「君がオレを好きでよかった」

 抱き合ったまま、ウェザーが囁くくらいの小さな声で話し出す。

「無理矢理連れてきたし、君は迫られても嫌だと言わなさそうだからな」

「……嫌だったらちゃんと嫌って言うわ」

「ということは、今は嫌じゃあないんだな」

「…………あなたは?あなたは、どうなの、私のこと……」

 ウェザーが腕を解いて少し距離を取ると、私の前髪をすっと指で端によけた。そして顔を近づけ、音も立てずに触れるだけのキスをする。

「君が……オレのことを知って戸惑うのは、君がまともだっていう証拠だ。君は外の世界の人間だから、常識を持っている。会いに来てくれなかったのは確かに残念だったが、オレはそういうところが好ましいと思うし、君が変わる必要はない」

「……私が外の人間だから、こうして構うの?普通の、犯罪者じゃない人なら誰にでもこうするの?」

「さあな。他の人間に出会ったことがないから分からないが、多分違うんじゃあないか」

 照れ隠しの揚げ足取りで、馬鹿みたいな問いかけだったけれど、それでも少し本心が混ざっていた。たったの三日と会えなかった一日。その短い間でなぜ惹かれたのか分からないからこんなに悩むはめになったんじゃあないかと思ったのだ。
 でも帰ってきた答えは随分と曖昧で、私が煮え切らない顔をしてしまう。「なら逆に聞くが」ウェザーはそれを見て、仕返しと言わんばかりの問いをわざとらしい真顔で投げてきた。

「どうしてオレが好きになったんだ?一目惚れか?それとも、キスをされたら誰でも好きになるのか?」

「そっ、そんなわけないでしょ……。好きになった理由なんて、分からないけど……最初は、あなたがお礼を言ってくれたからよ。私の治療にお礼を言ってくれたから」

「看護師に礼を言う囚人なら他にも大勢いるぞ」

 多分そう返されるんだろうなと思った通りのことを、ウェザーは言った。私は降参して小さく笑い、ウェザーの胸に額を当てて寄りかかる。

「わかったわよ。もう、わかったから」

「そうだな。理由なんて大したことじゃあない」

 ウェザーが私の頬に手を当て、顔を上げさせる。目を閉じると、待っていた唇じゃあなく鼻の頭に柔らかな感触を受けて、びくりとした隙に今度はちゃんと唇の方に不意打ちをもらった。

「……ウェザー・リポート、さっき聞いた質問の答えを貰ってないわ。私のことをどう思ってるか、ちゃんと教えて……」

 言い終わるのとどっちが早いか、ウェザーが私の鼻や頬に何度も唇を落としてくる。反射的に瞑ってしまう瞼にまで軽く触れられて、私は「ちょっと、誤魔化さないで」と声を上げる。

「オレが好きだなんだと言ったら、君はまたオレのことをいろいろ考えて、背負い込もうとするんだろう。君がオレのことを考えているのはいいと思うが、覚悟なんてしなくていい。オレのことをどうにかしようなんて思わなくていいんだ。君はただ、会いに来てくれればそれでいい……だからまだ言わないことにする。ダメか?」

「……こんなことしといて、今更言わなくったって、言ってるのと変わらないわよ」

 ウェザーはくつくつ笑って、最後に一つ私の唇を少し長く啄ばんだ。

「時間があったら、面会にでも来てくれ。待っているから」

「……うん」

 最後にまた唇を合わせて、そのあと私たちは何も言わずにしばらく抱きしめ合う。
私の中途半端な思慕を、覚悟も誠意もない想いを受け入れて、そのままでいいと言ってくれた。どこまで優しい人なんだろう。きっと私はすごく甘えている。自覚できてる以上に彼に甘えている。そんな自分を情けないと思う気持ちは、ウェザーの腕の中にいると不思議と湧いてこなかった。彼の近くは全てをやさしくしてくれる。前よりも一層強く、私は彼の傍に寄り添っていたいと思った。

 管制室に戻ると受付の看守とウエストウッドが私を探していたみたいで少し怒られたけれど、門がやっと開いたと知らせが来てうやむやになった。二人と挨拶のハグをして駐車場に行き、急いで車に乗り込む。家に帰るまえに元の職場へ行って、出来るだけ近くの休みをもぎ取ってこなくちゃいけない。はやく、はやく。
だけど一瞬バックミラーで水族館を見たときに、何かが見えて私は思わず路肩に車を停めた。窓を開けて顔を出してみると、さっきまで雷が鳴っていたとは到底思えないような真っ青な空に一筋の虹がかかっている。
 あの建物のある風景を、日の出以外で綺麗だと思うことがあるなんて、今まで思っていなかった。初めの日は得体が知れなくて怖かったし、次の日からは憂鬱だった。あんな冷たく暗い石の建造物もう見たくないと思ったときもあった。けれど今はなぜだかそれがいとおしく思える。
 それはたぶん、ウェザー・リポートがそこにいて、私を待っているから。虹さえも彼の一部のような気がして、私は空に向かって大きく手を振った。







「まさかまた会うことになるなんてなあ」というのはウエストウッドの言葉で、管制室で偶然鉢合わせたときにそれはもう驚かれた。派遣中私はずっとため息ばかりついていたし、最後は最後で上の空だったわけで、もうこんなところ懲り懲りだと思っているに違いないと彼は確信していたのだ。私だって最終日前まではそう思っていたけれど、人生なにが起こるか分からない。そう笑ってウエストウッドを見送った。懲罰室の担当だという彼とは今後あまり会う機会がないだろうけど、全く会わないというわけでもないだろう。
 看守と親しげにしている私を見て付き添いの見知らぬ看守が目を丸くしていたが、先月の感染症騒ぎのときヘルプに来ていたのだと明かすと納得したようでそのあとは何も言わず私を目的地まで案内した。たった一週間ぽっちでも刑務所で働いた経験があるなら説明は不要だと思ったのだろう。でも私は緊張を紛らわすために独り言じみた会話を看守に投げかけ続けた。変な人だと思われたかもしれない。でも気にしていられなかった。
 廊下を進むたび、角を曲がるたびに鼓動が大きくなる。ウェザーは私を見て、なんて言うだろう。どんな顔をするだろう。さすがに看守の前ではハグもキスも出来ないけれど、手に触れるくらいはできるかもしれない。彼が怪我をしていると嘘をついてくれれば、それくらい簡単だ。

「ナースタイムだッ!薬が入用のものは檻の前に出ろッ!」

 看守が声を轟かせ、警棒で檻をガンガン叩きながら奥の方へ進んでいく。私はその中に一際目立つ白い帽子を見つけた。重罪犯が固まってるのは第一か第二ユニット。ウエストウッドがそう零していたのを覚えていたから、その二つのどちらかの担当に配属されるよう希望を出しておいたのだけれど、いきなりうまくいった。さりげなくウェザーの方へ視線を移し、彼が目を見張って驚いているのを見てしてやったりと微笑んでやる。
 ここまでしなくてもとか、背負おうとしなくていいと言っただろうとか、言われてしまうかもしれないけど。だって、面会だけじゃあ足りないと思ったから。私があなたの傍にいたいから。なんとかして二人で会える時間を作って、毎日でも話をしに行こうと思う。
 優柔不断で臆病で、あれこれ考えてはどつぼに嵌る私の経験則からして、こういう即決の行動は大抵あとから後悔する。この転職もいつか馬鹿だったと思う日が来るかもしれない。けれどそのとき頭を抱える私の隣に、ウェザー・リポートがいてくれたら。それだけを考えて、私は石の海に戻ってきたのだった。


(end)

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