※リク07::花京院/男主/ヤンデレの花京院に愛されて夜も眠れない
※キャラ崩壊、夢主がいじめられる、モブ(夢主の友人)あり、未解決エンドの選民ロイヤルストレートフラッシュ。なんでも読める人向け。
※キャラ崩壊、夢主がいじめられる、モブ(夢主の友人)あり、未解決エンドの選民ロイヤルストレートフラッシュ。なんでも読める人向け。
花京院典明は同級生だった。一年目は隣のクラスの知らない生徒、二年目は同じクラスの出席番号十一番。文武両道の優等生ではあるものの教室の隅でひとり静かに本を読んだり外の景色をスケッチしているような影の薄い男で、机に向かっているよりは外へ出てボールを追いかけている方が好きだった名前との接点はそれまで一つもなかった。校庭でサッカーをしているときに教室の窓から見られていることは時々あったが、どうせ自分ではなく校庭の周りの桜並木でもスケッチしているのだろうと思うばかりで、偶然同じクラスに振り分けられたというだけの関係が卒業まで続くと思っていた。それ以上にも以下にもならないと、そう思っていたのだ。あの夏が来るまでは。
進級と共に行われたクラス替えから二ヶ月経ち、初めは元のクラスメイト同士で固まりがちだった教室の中も次第に境界が消えて新たな人間関係が築かれようとしている。それでもまだ生徒全員が互いに知り合えているわけではなく、そうでなくとも元々が多感な思春期の入り口という中学生の集団なのだから変化には敏感で、席替えをすると教師に告げられたときには期待と不安が織り交ざったような妙な緊張感が流れていた。
特別人見知りをする性質でもなかったが名前もその例に漏れずわずかながらに緊張していた。高揚した気分を抑えながら引いたくじの番号と黒板の座席表とを見比べる。これがなんと窓際の一番後ろで、羨ましいと居眠り仲間に野次を飛ばされながら席に向かう。適度な日当たりで風通しもいいという転寝のために拵えられたような席だ。その隣には既に生徒が座っていて、そしてその人物こそが、花京院典明だった。
「えっと、花京院?だっけ?」
「そうだよ。君は苗字くんだろう?よろしくね」
「ああうん、よろしく。ごめん、名前なんだっけ?」
「典明だよ。花京院典明」
なんだか貴族みたいな名前だなあと言うと花京院は「よく言われる」と言って軽く微笑んだ。人を寄せ付けない雰囲気を持っていて話しかけづらいというのがそれまで持っていた印象だったのだが、なんだ思ったよりずっと話しかけやすいじゃあないかと名前は二重の意味でいい席に当たったと上機嫌になった。そうしてしばらく他愛のない会話が続いたが、教科書忘れたときは一緒に見せてくれよと言ったところで担任の教師に「苗字、私語を慎め!」と怒号を飛ばされた。
「なんでおれだけ!」
「花京院とお前だったらお前に決まっているだろう!言っておくけどな、居眠りは後ろの席のやつの方がよォ〜〜く見えるんだからなッ!」
一年のときに一番寝ていた授業が国語で、その教師が担任になってしまったのが運の尽きだ。それを嘆くと前の席の男子にお前が居眠りばかりなのは教師全員が知っているのだから誰が担任になっても同じことだとからかわれ、それにクラス中が笑い声を上げた。他人事だと思って、と名前がむくれているのを見て、隣の花京院も遠慮がちにふふっと笑っていた。
梅雨も半ばになり、校舎中に立ち込める湿った空気の匂いにも慣れ始めたある日のこと。給食の配膳が終わり全員で手を合わせたあと、突然「あッ!」と声を上げた名前に周囲の視線が集まった。
「最悪だ!あのクソババアッ!」
なんだどうしたと名前の席を同級生たちが覗き込み、事情を知っている何人かが事の次第を悟ってまたそれかと呆れたように捌けていく。
「え?なに?どういうことォ?」
「どうせまた親子喧嘩でもしたんだろ」
「苗字、なんだよそれー?」
「スプーンだよ!スプーンッ!見て分かんだろさっさと自分とこ戻れッ!」
大声を出して人を集めたのは自分だろうと言われたのは聞こえなかったことにして、名前は野次馬を追い払うと憤慨したままスプーン片手に給食を食べ始めた。多少行儀は悪くなるが食べられないわけではないし、そこかしこでニヤニヤしている同級生は後で小突いてやればいい。
しかし班ごとに机をくっつけているせいで隣の席の花京院とは向かい合っている状況だ。真正面からそう見つめられては流石の自分も敵わない。気になって仕方がないとばかりに何を食べるにもチラチラと手元に視線を注いでくる花京院に根負けして、とうとう名前は訳を語りだした。「母さんがさ」
「喧嘩した次の日はいつも何か嫌がらせをするんだ。ほら、この間消しゴム貸してもらっただろ。あのときは消しゴムだと思ったら紙粘土だったんだ!わざわざ紙粘土丸めて消しゴムの箱に入れたんだぜッ!それで今日はこれだよ。スプーン。おれは絶対今朝箸を入れてきたんだ。なのに母さんいつの間にかすり替えてやがる……帰ったら絶対仕返しするぞ。絶対だ……」
名前が内心でふつふつと憤怒を煮えたぎらせているのを見て、どうしてか花京院は好ましいものでも見たかのようにふふっと笑った。
「仲がいいんだね、君とお母さんは」
「はあ?お前今の話聞いてた?仲が悪いから喧嘩してんだろうがよ」
「聞いてたよ。喧嘩するほど仲がいいって言うだろ」
席替えの日から二週間が経ち、花京院典明という人間が少し掴めてきたころだった。誰とも馴染まず無口で神経質な人間だと思っていた当初の印象は日ごとに拭い去られ、思っていたよりもずっと感情の機微が掴みやすく、さっぱりした性格なのだと分かった。他人からつくづく分かりやすいと言われる自分ほどではないにしろ、敬遠するほど気難しい性格でないのは確かだ。
しかしそれでも捉えられないと思うのはこういうときで、花京院は時折目を合わさずに淡々と喋るのだ。
「にこにこしているだけの親子よりいいじゃあないか。喧嘩してぶつかって、それでも一緒にいる方が」
こんな日に限って汁物がうどんで、同じ班の女子にくすくす笑われながらスプーンで零れ落ちる麺と格闘していたときに、花京院はそう言ってパンを一欠けら口の中に放り込んだ。
「あれ、どういう意味だったんだ?」
放課後になり、名前はふと思い立って花京院に声を掛けた。花京院はいつものように教室に残って席に座り、窓から校庭を眺めていた。美術部にでも入ればいいものを、人付き合いが苦手だと言って一人ぼっちで机の上にスケッチブックを広げている。
「あれって、どれのことだい?」
「給食のときに言ってただろ、にこにこしてる親子がなんとか……」
「ああ、あれ。そのままの意味だよ」
そのそのままの意味が分からないからこうして聞いているというのに。花京院はペンケースからえんじ色の鉛筆を取り出すと、白いページに薄く何かを描き始めた。
「お前の親は、どうなの。喧嘩とかするのかよ」
「ぼくの親?しないよ。夫婦仲がとてもいい」
「夫婦喧嘩じゃあなくて、お前と親とが喧嘩するかって聞いてんの」
「それもしないよ。うちの家族はね、みんなとても穏やかなんだ」
スケッチブックと校庭とを交互に見つめながら、触れるか触れないかのところでシャッシャッと鉛筆を走らせる。
花京院典明は、全てを語らない人間だ。名前にはそれが少しもどかしかった。隠し事というほどではないにしろ、含みを持たせられたままその中身を明かしてもらえないのは据わりが悪いし、それに少し期待してもいた。他の誰かには話せないことでも自分には話してくれないだろうかと、無鉄砲で暢気で、何も知らないまま導火線にマッチを近づけるような、そんな浅はかな期待を。
「……お前は、なんていうか、何か悩んでるの?」
ぴたり、花京院の手が止まる。しばらく沈黙したのちにまた校庭へ視線を投げかけると、再び鉛筆で紙を擦った。
「悩みかあ。悩みといえばそうだね、悩みかもしれない。ぼくの母さんと父さんはね、とても仲がいいんだ。分別なくベタベタしてるってことじゃあないよ。お互いをとても大事に思っていて、尊重していて、なにより深く理解し合ってるんだ」
「……いいことじゃんか」
「うん、そうだね。とてもいいことだ。でも、ぼくはどうしようか」
鉛筆がシャッと音を立てるごとに、花京院の絵の輪郭がぼんやりと浮かび上がってくる。校庭で活動している野球部とその向こうにある桜並木を描いているのだろう。いつも隣で活動しているサッカー部が休みのせいで、実際の校庭も絵の中の校庭もどことなく寂しさが漂っていた。
「母さんには父さんが、父さんには母さんがいる。じゃあ、ぼくは?」
ぼくには誰がいるんだろう。スケッチブックを捲り、花京院はまっさらなページに目を落とす。やはり声色は淡々として、感情が垣間見えることはない。悩みと言って話すわりには随分と白けた様子で、花京院がわざとそうしているのかそれとも心の底から何も感じていないのか、名前には分からなかった。
「それは、その……これから見つけるんじゃあないのか。お嫁さんとか、親友とかを」
「ああ、そうだね。でも、ぼくはなぜだかそんな気がしないんだ。ぼくを心の底から理解してくれる人が現れるなんてね、そうはちっとも思えないんだよ」
なんてネガティブな。そうは思ったが、ぐっと言葉を飲み込んで花京院の横顔を見つめた。初めて彼が自分から心の深いところを零してくれたのだ。真摯に受け取らなければ花京院は名前にがっかりするだろうし、もう二度とこんな話はしてくれないだろう。
「……誰が一番とか二番とかはおれよく分かんないし、変に期待させるようなこと言っちゃあ悪いと思うから言わないけど……おれは、花京院のこと友達だと思ってるよ」
もっとまともな慰めになることを言えばよかった。名前はそう思ったが、花京院はとても嬉しそうに「ありがとう」と言って目を細めた。
「幽霊って見える?」
水曜日の放課後、名前は毎週教室に残って花京院とだらだら話をして過ごすことにした。サッカー部の練習は休みだし、ちょうど授業が一時間少ない日だから多少話し込んでしまっても門限は守れる。七月に入って花京院とはまた一段と仲良くなれたような気がしていた。
「幽霊ィ?お前学校の会談でも聞いたの?トイレの花子さんがどうこうってやつ……」
「違うよ。でも分かった、見えないんだね名前は」
「見えないっていうか、見たことないから分かんないっていうか……」
名前は、というからには花京院には見えているのだろうか。しかし花京院は肩をすくめて「ぼくだって幽霊なんて見たことない」と答えた。
「でもさ、小さいころに変なものが見えてたことはなかった?」
「ええー?どうだったかな……覚えてないよそんなの」
「そう?まあいいよ、なんとなく言ってみただけさ」
花京院はそう言ってなんでもないようにスケッチブックを開き始めたが、名前はその横顔が気になって家に帰ってからそれとなく母親に尋ねてみた。
「幽霊ィ?なにあんた、学校のトイレで花子さんの話でも聞いたの?あれって女の子の話でしょ……あら、違うの?そう。幽霊ねえ……ああ、そういえば昔あんた、お友達が緑色でふよふよ浮いてるとかなんとかよく言ってたわねえ」
「緑色ォ?」
「そうよ、そう。幼稚園のころよ。四歳だったかしら、忘れたけど、帰ってくるたびにそのことを話してねえ。頭がイカレちまってんのかと思ったわ」
そりゃ母さんの息子だから頭の一つや二つイカレてることもあるよと言ってげんこつを一つ頂戴したあとで自室に戻り、ベッドに寝転んでぼんやりと昔の記憶を遡った。幼稚園の組は確か花の名前がついていて、先生は若い女の人で、仲がよかったのはようくんとゆみちゃんで。そこまでは浮かんできたものの肝心の緑の友達については何一つ思い出せず、名前は諦めてそのまま眠りについた。
自分で思い出せなくても母親が覚えているのなら事実そうだったのだろうと、翌日名前は花京院にそのことを話した。はじめ水曜日以外に教室に居残っている名前を花京院は不可思議そうに見ていたが、幼稚園のころの話になると目に見えてそわそわとしだし、ついに持っていた鉛筆を机の上に置いて名前に向き直った。描き途中で鉛筆を手放した花京院を見たのはそれが初めてだった。
「じゃあ、やっぱり小さいころには見えてたんだね、幽霊みたいなものが。今はもう忘れてしまったけど、幼稚園のころに緑の幽霊を見たんだ、君は!」
「ああ、うん、母さんがそう言ってるだけなんだけどさ……おれは本当に覚えてないし……花京院だってそうだろ?幼稚園のころのことなんて覚えてるか?」
「……ぼくは覚えてるよ。とてもよく覚えてる」
不機嫌にむくれたいのか上機嫌ににやけたいのか、花京院はどちらか決めかねているような複雑な表情で机の上の鉛筆を手持ち無沙汰に弄り始める。
「君は覚えてないんだろうけど、ぼくら昔同じ幼稚園にいたんだよ」
「エッ!うそだァ!」
「こんなの嘘ついてどうするんだよ。君、卒園記念のフォトアルバムとか残ってるだろう。見てみればいいよ。ぼくがいるから」
「ご、ごめん……覚えてなくて……」
いいよとぶっきらぼうに言って花京院は顔を上げた。じとりと睨みを利かせて無言で名前を責めたあとに、ふっと表情を緩めて柔らかく目を細める。
「君は外で遊ぶのが好きだったし、ぼくはずっと絵を描いていたから、あまり仲良くはしていなかったんだ。覚えてなくて当然さ」
「へー……なんか、今と同じだな。あ、いや、仲良くないってことじゃあなくて、お前がインドアでおれがアウトドアだってことがさ」
「そうだね。今はこうして話せて嬉しいよ」
その声色があまりに優しくて、言葉が純粋だったから。名前は突然はっとして妙な気恥ずかしさに囚われた。今までなんとも思っていなかった周りの状況がとても鮮明に迫ってきて、どうしようもなく心臓に悪い。うん、と頷きながら顔を逸らして誤魔化すように首筋を掻く。二人しかいない教室の静けさや遠くから響いてくる校庭のくぐもった喧騒、そして目の前の花京院の存在が織り成す独特の雰囲気に、飲み込まれてしまいそうだった。
「あ、名前!こんなところにいたのかよ。タナセンがサボりだって怒ってるぞ!」
突然声が割って入り、ぼんやりとした空気が瞬く間に霧散した。振り向くと同じクラスの岡本という男がいて、早く来いよと名前を呼び立てる。タナセンはサッカー部の顧問だ。咄嗟に時計を見ると部活動の開始時間はとっくに過ぎていた。
「ヤベッおれもう行かなきゃ……なあ、お前も来る?見学とかでさ」
いつも校庭の運動部をスケッチしているのだ。どうせなら桜の木の下からでも間近に見てみればどうかと誘ってみたが、花京院はいいよとだけ言って首を振った。
「ああ、そう……じゃあ、またな!また明日!」
早くしろよと背を叩いてきた岡本の肩をやめろよと叩き返して誰もいない廊下を駆けていく。そのとき花京院がどんな顔で見送っていたかなど、当時は知る由もなかった。
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