「象と猫ならどっちだと思う?」
ほらきた。そんな顔でプロシュートはこちらを一瞥する。突拍子もないというのは常々他のやつらから言われているし自分でもよく分かっていたが、それでも話したい欲求が勝手に口をつくのだから仕方ない。毎回話しかけられるプロシュートだって分かっているはずなのだから、そろそろ諦めてほしいところだ。
「象の死骸は見つからないんだ。あんなにでかい図体なのに、骨の一つも見つからない。理由はね、象は誰も知らない場所に自分たちだけの墓場を持っているかららしい」
「そりゃお前、密猟で殺したのを隠すためのほらじゃなかったか?」
「そうなの?」
あっさりと現実的なそれらしい解を出されて出鼻を挫かれる。「まあ、なんでもいいや」ここまでは話の前振りだ。気にせず続きを喋る。
「でもさ、猫もそうだろ。ほら、ホルマジオがいつも違う猫を苛めてるけど、あいつが埋めてやってるわけじゃないんだ。弱ってきたと思ったら、いつの間にかどこかへ消えてるらしい……安全なところへ逃げて元気にやってるのかもしれないけど、オレは、猫の墓場へ死ににいったんだと思うんだ。それも、自分だけの墓場にね」
長いタバコの煙をくゆらせて、プロシュートは気だるげに頬杖をつく。
「何が言いたい?」
「オレたち暗殺者にもさ、暗殺者の墓場があるのかな」
白い煙の行方を視線で追う。上へ上へと立ち昇っていく途中で、いつの間にか空気に紛れて消えてなくなっていた。実際には周りの空気に馴染んで見えなくなっただけで、不健康なあの煙はどこかにいるのだろう。けれど見えないのと居なくなったのと、何が違うかがよく分からなかった。
「……オレたちの死骸は、誰かが片付けてくれんのさ。ゴミや残飯と一緒によ」
そう言って深くタールを吸い込んだ口元からまた白い煙が吐き出される。煙というか、どちらかというとプロシュートの吐息そのものだった。何気なく指で息を掻き乱すと、逃げるように指の間をすり抜けて、けれどまた消えてなくなる。
「オレ、お前と同じ墓場で骨になりたいな」
一瞬の間も置かず、プロシュートは鼻でせせら笑った。
「オレは嫌だね。お前に骨晒すのも、お前の骨見るのも」
「えー、なんで」
「目に悪ィだろうがよ」
「じゃあプロシュートは猫派だ」
「だからその、象とか猫とかってのは何なんだ」
「集団墓地が象でお一人様が猫だよ」
誰に言われるでもなく、示し合わせたように同じ場所で息絶える象。人目を避けて逃げた末、孤独のうちに死ぬ猫。ゴミと残飯にまみれるならばそのどちらでもないのかもしれない。もしくは両方だ。一人で死に、そして他のとまとめられる。埋められる場所はどこか分からないし、そもそも埋められるのかどうかも定かでないが、これだけは確実だ。ろくな死に方はしない。
「オレらの死体なんてさ、どうせ綺麗なもんじゃないよ」
「それでも見れたもんじゃねーってんだよ」
「結構うるさいんだね。そういう趣味だっけ?」
気分を害したらしいプロシュートが顔に煙を吹きかけてきて咄嗟に目を瞑る。ヤニ臭さと妙な苦味を手で追い払って目を開けると、慈愛と嘲りを混ぜ込んだような複雑な顔があった。
「……皺くちゃでシミだらけの、よぼよぼした爺さんなら見れねーこともねえんだが」
どうにもお前は生きが良すぎる。呟いたあと、一瞬で全ての感情をそぎ落として、いつも通りの顔が返ってきた。もう一度あの顔を思い出そうとプロシュートを見ても、わずかな名残さえ見つからない。何かを垣間見た気がしたが、タバコの煙と同様指の間からすり抜けて掴むことはできなかった。
地面に落とされたあと、上等な革靴の底で思い切り踏みにじられた吸殻が、いやに白く浮いていた。
象の墓場