『スタンド』と『スタンド使いは引かれ合う』こと、そして『虹村形兆がスタンド使いを増やしていた』ことを一通り伝えても、目の前の少年は端然としていた。 虹村形兆のことなど、一言、「大変だったんですね」と言って終わり。 病院で、スタンドを幽霊を勘違いしたときもそうだったが、妙に淡々として無感動だ。 スタープラチナを携帯のカメラに写そうとしたり、(結局写ることはなかった)、フルーツが山盛りになっているパフェを嬉々としてつついたりしている姿は、ただの子供にしか見えないのだが。 まあ、スタンド使いは妙な性格のやつが多いしな、と承太郎はひとりごつ。 「君のスタンドは、見たところ、物を出し入れできるようだが」 「あ、はい、ポケットとか、鞄とか。入れ物に入れられれば、後は出したいときに好きなところから出せますよ」 四次元ポケットみたいに思ってます、と言ってまたパフェに口をつける。 話を聞いていくと、千昭のスタンドができることはまさに四次元ポケットそのものといったところだった。ポケット、鞄、ポーチ、壷など、とにかく袋状になっているものから、物の出し入れができる。 入り口が完全に閉じるものでなくても、手がすっぽり入って、外から見えなくなればいいらしい。 口の大きく開いたかごや引き出し、手が外から見える透明な袋などは無理だった、と軽い口調で話す千昭。 スタンド能力を面白がってあちこちで試したに違いない。まあ、そんな便利なスタンドなら、試したくなるのも分かるが。 端然とした態度の割りに、時折見せる無邪気な表情が子供らしいな、と承太郎が千昭を観察していると、パフェをかき回す手を止めた千昭が、あれ?、と声を上げた。 さっきまで力の抜けていたのが、少し怪訝そうな顔になる。感情が顔に出やすいのだろうか。 仗助や億泰より一つ上だと言っていたが、こうして見ると同い年かそれより下にも見えた。 「オレ、ポケットのこと、言ってませんよね?何で分かったんですか?」 今まで誰も気づかなかったのに、と言う千昭。 確かに、スタンド像がなく、その能力も人目を引くようなタイプではないから、そうそう気づかれることはないだろう。 「オレは、耳がいいからな」 厳密に言うと、スタープラチナの耳が、だ。 千昭がスタープラチナの写真を撮ろうと携帯を取り出すまで、その携帯についていたストラップの音が、微塵もしていなかった。 「布に音が吸収されたとか、そういう音の無さじゃなかった。携帯そのものが、何も無いところから出てきたみたいだったからな」 スタンド使いはどんな些細な違和感も見逃してはならない。 「あー、なるほど……」 千昭は、テーブルの上に置いた携帯を指で軽くはじいた。ストラップの鈴やチェーンが、チャリンと音を立てる。 「……なにより、スタンド使いは」 「引かれ合う、んですよね」 「……そうだ。だから、少しでも不自然なところのあるやつがいたら、スタンド使いだと思ったほうがいい。君のスタンドは、戦闘向きじゃないから、なおさらだ」 スタンド使いに攻撃されてからでは、対処のしようがない。 「なるべく気をつけます」 最後に残ったウエハースをしゃくしゃくと食べ切って、千昭は「ごちそうさまでした」と手を合わせた。男にしては白くおうとつのない手が、パチンと音を立てる。気の抜けた笑顔は幼い。 本当は、悪事に向いているスタンド能力を持つこの少年を疑っていたし、警告もする気でいた。入れたものがどこかへ消えるポケットなど、万引きも密輸もし放題だ。 しかし話している限りでは、どこにでもいる高校生にしか思えない。スタンドでしまった物って重さなくなるから、教科書たくさん持ち運ぶとき楽なんですよ、なんて言って、何も入っていない鞄から次々と分厚い参考書やらを出してはしゃいで見せるさまは微笑ましさすらあった。 こんな短い時間で人を判断していいものか、とも思うが、凄惨な犯罪を犯せるスタンドでもない。 今は自分の直感を信じ、後で何かあるようならそのときに対処しよう。 そんな承太郎の考えをよそに、「オレ甘いもの大好きなんですよ、ここのパフェ高いのにありがとうございました」と頬を緩ませてのほほんと言う千昭に、思わずぽん、と頭に手を乗せる。 千昭は一瞬呆けたあと、少しはにかみながら口を開いた。 「あの、承太郎さん、オレ子供じゃないですよ」 「ああ、悪いな、つい」 十七には見えなくてな、と零すと、「承太郎さんに言われたくないなあ」と返された。 「ところで、なんで形兆は病室にいなかったんですか?」 「ああ、あの病室はフェイクだ」 億泰以外の人間が面会に来たら、そこに通すように言ってある、という承太郎に、「ああ、変な人が来るかもしれないから」と納得した様子の千昭。 ではなぜフェイクの病室に承太郎がいたのか、と尋ねられて、誰かが忍び込んだ形跡がないか調べていたのだと説明する。 しかし四六時中病室にいるわけではなく、千昭が尋ねてきた時間に承太郎が病室にいたのは全くの偶然だ。千昭もそれはなんとなく感づいたようで、『スタンド使いは引かれ合う』ということをほのかに実感しているようだった。 「今度から見舞いに行くときは、403号室に直接行くといい」 そう言うと、承太郎は、北沢千昭が危険人物でないこと、形兆の知り合いであることをメモ用紙に走り書く。 「これを見せれば入れるだろう」 渡された紙をじっと見つめる千昭。メモを読もうとしたのだろうが、見慣れない英語の走り書きに解読を諦めたらしく、ありがとうございます、と言ってメモをポケットにしまう。 なんだかよく分からないけどまあいっか、という千昭の考えが読めた承太郎は、また千昭の頭をぽん、と撫でた。 |