「億泰?」
隣の友人を呼ぶ声に、仗助は振り返った。
01 アイスと億泰
中肉中背、億泰よりも少し背の低い男子高校生が立っていた。ブレザーの制服は、隣町の私立高校のものだ。
あまり見ることのない制服に興味を引かれて少し眺めていると、ちらりと目が合った。気まずい。
億泰の知り合いなんだろうが、当の億泰といえば呼びかけに気づかなかったようで、アイスクリームの棚を懸命に物色している。あれでもない、これでもないと、強面の不良がカップのアイスを吟味するさまは少し間抜けだ。
そんな億泰を見てブレザーの彼がふっと笑った気配がして、ますます居心地が悪くなる。恥ずかしいったらない。
「おい億泰、呼んでっぞ」
「え?んおッ、千昭じゃねえかァ〜〜」
ハーゲンダッツを両手に持ちながら振り向いた億泰に、千昭と呼ばれた彼が「久しぶり」と手を上げた。
「最近どう?ちゃんと飯食ってる?アイスばっか食べて腹壊してない?」
「千昭〜〜」
おれもう小学生じゃねーんだからよォ、と不満げに抗議した億泰だが、仗助は知っている。億泰は先週、アイスの食べ過ぎで腹を壊し学校を休んだ。
「いつまでも子供扱いしないでくれよなあ、こいつ、おれのダチ」
千昭がちらりと隣に寄こした視線に気づいて、億泰がやっと仗助に話を振る。
「東方仗助。えっと、」
「北沢千昭。よろしく、仗助くん」
「仗助でいいぜ、おれも千昭って呼ぶしよ」
同じ歳の人間に、くん、だなんてつけて呼ばれるのは少しむず痒いのだ。康一のときは、訂正できないままずるずると引きずって慣れてしまったが。
「千昭がこんなとこにいるなんて珍しいなあ」
「ちょっと野暮用。そっちは学校帰り?」
「そっそ。暑いからよォ、アイス食おうと思ってあっ」
億泰の手から、アイスが転げ落ちる。あーあ、何やってんだ。片手で三つも持つからだ。
拾い上げたアイスを棚に戻そうとすると、手首を軽く掴まれて、そのまま千昭の持っているかごの中に入れられた。
「落ちた売り物戻せないでしょ。端っこ折れてるし」
「まあ、普通はそうだろーけど」
ええーッ、と億泰が情けない声を上げた。拾ったアイスを持った手がうろうろと空中をさまよっている。
「だってよォ、これ全部買えるほど金持ってねーんだよォ〜〜」
買えても二つが限度だ、と言う億泰。そう、だからさっきからその2つを決めるために、何数種類もあるうちから時間をかけて選別していたのだ。
「いいよ、こっちのかごに全部入れて。今日は奢るから」
「マジかよ!?」
「仗助も、好きなの選んでよ」
「いや、でもよォ」
「ついでだよ、ついで」
年上でもなければ社会人でもない、会ったばかりの高校生に奢られていいものか。
年上の人間から施される分には気にならないものの、歳が近いとどうも気が引けてしまう。こいつ、そんなに金持ちなのか?
そんな仗助の心のうちを知ってか知らずか、億泰は遠慮なしにアイスをかごに入れていく。おい、それはさっき選抜落ちしたやつじゃないのか。
当初の予定を遥かにオーバーして、ついに七つ目のアイスに手をかけようといたとき、とうとう千昭が、おい、と億泰をたしなめた。
「億泰、それは多すぎ。ちょっと減らしなよ」
ほら、やっぱり金持ち高校生でも限度はあるのだ。おれはいい、と言おうとしたところで、「それ以上食べたら絶対腹壊すだろ、多くて五つまで!」と言った千昭に、なんだか脱力してしまった仗助は、大人しくチョコバーを千昭のかごに入れたのだった。
「クーポン持ってたんなら先に言えよな」
うじうじと気を揉んだ自分が馬鹿みたいだ。結局、アイスを八つも買ったのに千円以内で収まってしまった。クーポン恐るべし。
「なんだよォ仗助、いつもなら喜んで奢られるじゃんかよォ〜どうしたんだ?」
「そりゃお前、年上には奢ってもらうけどよォ」
ガサガサとスーパーの袋をあさっていた億泰が、ん?と顔を上げた。
「仗助ェ、千昭は年上だぞ」
「え?」