コンビニのレジに身を乗り出して店員に突っかかる露伴を見て、はあ、とため息をつく。
どこからどう見ても、ただのおかしい人だ。
露伴がおかしい……もとい、変わっているのは彼の豪邸を訪ねたときから分かっていたことだが、露伴と一緒にいる自分まで頭のおかしい人だと思われたのではたまらない。
かといって、自分が露伴を止められるという自信も、ない。
はあ。途方にくれた康一は、もう一度ため息をついた。
07 バイトと漫画家
時は遡り、今から10分ほど前のこと。学校終わりに、塾へ向かう道中で出会ったのは岸辺露伴その人だった。
以前ならば諸手を挙げて再会を喜んだだろうが、彼のスタンド、ヘブンズドアーで殺されかけたあの事件の後となってはそうもいかない。
とっさに身構えたものの、しかし露伴の方はというと、事件のことを全く気にしていないようだった。さすがに、仗助に一方的に殴り倒されたことは根に持っているようだったが。
それでも自分にはかなり好意的で、思わず一歩引いてしまう。
本当は今すぐにでも走り去りたかったのだが、敵意のない相手を無下にはできない。
損な性格だとは分かっているものの、康一は露伴の話を聞き、そして、「そんなに気になるなら、オーソンの店員に聞いてみればいい」と言ってしまったのだった。
そして冒頭に至る。
「だから、ちょっと見てすぐ戻ってくればいいんだよ!」
「はあ」
「分からないやつだな!」
露伴先生、分からないのはあなたです、とは言えない。由花子ほどではなくとも、露伴だって結構怖い。
「何も、南極まで行ってオーロラ見て来いって言ってるわけじゃあないんだぜ。そこの自動ドアからちょっと顔を出して、道があるのを見てくれって言ってるだけだろう」
君は道なんかないって言うけどね、実際あるんだよ!、と続ける露伴は少し苛立っているようで、やっぱり怖い。
「そうなんですか。でも今オレ一人なんで、レジ離れられないんですよね」
ほら、最近物騒だし、と言うのは、オーソンの店員だ。
物騒と言うのは多分、アンジェロが起こしたコンビニ強盗のことを言っているのだろう。
身近なところであんな事件があったら、過敏になって警戒するのも分かる。露伴のような不審者には、特に。
この若い店員とは、知り合いというほどでもないが、顔なじみくらいには言えると思う。
康一がジャンプを立ち読みしていると毎回睨み付けてくる店長とは違い、嫌な顔一つせず放っておいてくれる気楽な人だ。
目こぼしをしてくれるというよりは、客の動向に興味がないようにも思えたが。それでもやっぱり、気の張らない、感じのいい人だった。
そして、露伴と同じくらいかそれより年下だろうに、露伴の物言いに怖気づかない彼を、康一はちょっぴり尊敬し始めていた。いいなあ、そういうの。
しかしそんな飄々とした店員の、にべもない態度が気に入らなかったらしい。
露伴はフン、と鼻を鳴らすと、店員の顔をじろじろと見て言った。
「君ね、さっきから、自分は立派に職務を全うしてるんだって顔で言うけど。僕見てたんだぜ、さっき君がレジの中の机で宿題か何かやってるの」
地図に載っていない道がどこに続いているのか知りたい、という当初の目的を、覚えているのかいないのか。
今やもう、露伴は店員を言い負かすことにむきになっているようだった。
続けて「いいのか?職務怠慢じゃあないのか?ン?」と意地悪く言う露伴に、康一はとうとう、「露伴先生!」と声を上げた。
「もういいから、僕たちだけで見に行きましょうよ!」
このまま放っておいたら、スタンドさえ使いかねない。
僕も着いて行きますから、と宥めるように言うと、「康一くんがそう言うなら、仕方ないな…」としぶしぶながらも引き下がった露伴に、ほっと一息つく。
おいお前、康一くんに感謝しろよ!と店員に吐き捨てた露伴の背中を押して、半ば無理やり店の外に出た。
意気揚々と小道に入っていく露伴の後ろで、ふと振り向くと、ちらり、店員と目が合う。
口の形だけで「すみません」と呟くと、店員がゆるく笑ったのが見えた。
今度オーソンに寄ったら、立ち読みだけじゃなく何か買って帰ろう。そう決意して、康一は露伴の後を追いかけた。