結局、仗助と億泰は千昭たちと同じテーブルについた。 お昼過ぎで店内がそこそこ混んできたというのもあるし、顔見知り同士で違うテーブルにつくのもなんだか変だと思ったのもあるんだろう。 来るもの拒まずな千昭は当然として、未だ渋い顔をしている由花子もそれについては何も言わなかった。 忙しなく動き回るウェイトレスを捕まえて、仗助はアイスコーヒー、億泰はコーヒーフロートを注文する。 「アイスでいいの?」 聞くと、仗助は肩をすくめて「ホットコーヒーなんて飲むやつの気が知れねえッスよ、冬でもあるまいし」と千昭に返した。 「うるさいわね、学ラン着てるあんたに言われたくないわよ」 「ああ?」 「見てるだけで暑っ苦しいの」 ツン、とすまして言った由花子の服装は、シンプルなワンピースで涼しげだ。その隣にいる千昭もそこそこ薄着なものだから、余計詰襟の二人が浮いて見える。 ワイシャツ一枚なんてカッコワリーだろうが、とは仗助の弁だが、本格的に夏になっても学ランを着通すつもりなのだろうか。 「てか、なんで二人とも制服着てんの?」 今日は日曜だったはず、と何気なく問いかけてみると、先ほどまで威勢良く喋っていた仗助が見事に黙り込んでしまった。え、オレなんか変なこと聞いたの。 「あー……その、なんていうか……」 珍しく口ごもる仗助を差し置いて、億泰が「あ、それな」と口を開いた。 「学校でよォ、補習受けてたんだよ。なっ仗助」 「バッ……カおめー言うなよ!」 恥ずかしいだろォ、と言いつつ自分から視線を逸らす仗助に、千昭は思わず小さく拭き出した。 「勉強苦手?」 「いや……そのォ……」 「こないだ学年テストがあってよォ、赤点組は半日補習で……」 「だーかーらァー!言うなっつってんだろ話聞けよおめーはよォ!」 「んだよォ、別にいいじゃねーか」 キョトンとした顔で言い放った億泰の隣で、仗助が「なっさけねー」とため息混じりに呟いた。 小洒落たカフェのテーブルに、ずるずると突っ伏すリーゼントの不良という図はちょっとシュールだ。 「別に、恥ずかしい話でもないと思うけど」 一応、フォローのつもりで口を挟んでみたのだが、即座に「恥ずかしいッスよ!」と切り返されてしまった。 「あんたが馬鹿なのなんて今さらじゃない」 しばらく黙って気分が浮上したのか、由花子がさらりと言った。口調はほのかに柔らかいのだが、言ってることは辛辣だ。 しかしこの程度の軽口には慣れているのか、仗助は特にめげる様子もなくイスに座りなおした。 「黙ってろっつーのになァもう……」 しかし腰を落ち着けたところで、「虹村が黙ってたって私がバラすんだから同じよ」と由花子に言われてしまい、今度こそ仗助はがっくりと肩を落とした。 カフェ・ドゥ・マゴは、レストラン並みとはいかずともサンドウィッチやパンケーキなどの簡単な軽食くらいはメニューに置いてある。 今日もお茶のついでに小腹を満たそうという客で、店内も外のベランダ席も満席だ。 注文を取ってから十五分、やっと飲み物を持ってきたウェイトレスを、億泰が「待ってましたッ」とおちゃらかした。 「もー暑くって暑くって……あ、オレがコーヒーフロートね」 少し手を迷わせたウェイトレスに向かって、億泰が自分を指差した。 よくよく見てみれば、このウェイトレスさっき注文を取りに来た人と同じだ。自分のときは男女一人ずつだったけれど、今度は男二人で似た注文だったから迷ったんだろうなあ、と千昭は一人ごちた。 なんとなく顔を上げたら由花子と目が合ったので、ウェイトレスの方を視線で差すと、由花子がほんのちょっと笑った。多分こちらの意図が伝わったんだろう。つられて自分も口元が緩む。 と、由花子と遊んでいたら、ガシャン、と鋭い音に次いで「うわっ」と驚き声が耳に飛び込んできた。仗助だ。 見ると、仗助の足元、黒光りする靴の周りでコーヒーの水溜りができている。 「も、申し訳ありません!」 「あー、大丈夫ッスよ、ちょっとしかかかってねえし」 どうやらウェイトレスがグラスを取り落としてしまったらしい。テーブルとイスの陰に隠れてよく見えないが、グラスは少し割れたようで歪な形になっていた。 グラスを片付けようとしたウェイトレスに、仗助が「そっちいいんで拭くものくれません?」と言って、すっと靴を指差す。 ブランド物に疎い千昭にはよく分からないのだが、学校指定のローファーとは思えないシャープな形状の革靴は、きっと値段の張るものなのだろう。「失礼しました!」と言って奥へ引っ込んだウェイトレスを視線で見送って、仗助がテーブルの下に屈み込んだ。 仗助の対面に座った千昭には、その姿がすっかり見えない。 「仗助?」 何してんの、とテーブルの下を覗き込もうとした瞬間、パッと仗助が上体を起こした。なんだかすれ違い。 ふと仗助の手元を見れば、そこにはさっきウェイトレスが落としたグラスが一つ。 とん、とテーブルの上に置かれたグラスは、しかし割れた姿でなく、新品同様のひび一つない姿だった。 「……それさっき割れてなかった?」 「いや。割れてなかったみたいッス」 「ふーん?」 確かに割れたように見えたのにな、とグラスをじろじろ見ていると、「あ、それ……」と隣の由花子と億泰が声を揃えていった。 なんだか珍しい取り合わせだ。本人たちも思わぬ異口同音に驚いたらしく、若干気まずそうに渋い顔をしている。ほんの少しの沈黙のあと、由花子が口を開いた。 「スタンドのことなら、隠さなくたっていいわよ。知ってるから、この人」 「つーかスタンド使いなんだよな、千昭も」 たっぷり三秒間を置いて、「え!?」と声を漏らした仗助の右手がグラスを直撃。ガシャン、とさっきより派手な音がして、今度こそ割れたグラスの破片が地面に散らばった。 「本当に申し訳ありませんでした……」 「いいッスいいッス、グラス割れてなかったんだし、結果オーライッスよ」 それにタダでサービスしてもらって悪いッスねえ、と続ける仗助は、言葉だけは申し訳なさそうにしているものの、浮かれた声色で喜んでいるのが筒抜けだ。そんな仗助の様子に緊張が途切れたのか、ウェイトレスはほっと安心したように店の中へ戻っていった。 二度も割られる、という不幸に見舞われたグラスは、幸い二度とも仗助の手によって新品同様に修復された。 修復というか、割れる前の姿に戻されたのだ。無論、仗助のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドによって。 「はー、すっごいスタンドだなあ」 今はもう先ほどのウェイトレスに回収されてしまったが、割れたはずのグラスをくまなく観察してみたものの、やはりひびの一つも見つからなかった。 覆水盆に帰らず、と言うが、仗助はそのこぼれた水を一滴も残さず盆に帰すことができるらしい。壊れたものを元に戻すなんて、人間が何をどう努力したってできることじゃない。なんとも便利な能力だ。 「どんなものでも治せんの?」 「あ、ハイ。基本的に何でも。治せなかったってのは…………」 死んだじいちゃんくらいで、と続けた仗助に、沈黙が降りる。 自分の幼馴染もいとこもなかなか波乱万丈だけど、仗助もそれなりに大変だったようだ。 さてなんと声をかけようかと言葉を選びあぐねていると、由花子がフン、と鼻をならした。 「辛気臭いのは嫌いよ、私」 「……悪ィ」 「……謝ることじゃないでしょ。冷める前にさっさと食べたら」 せっかくサービスしてもらったんじゃないの、と由花子が目で差したのは、さきほどの一件でウェイトレスが持ってきたクラブサンドだ。きれいな焦げ目のついた食パンに挟まれたハムやトマト、レタスの彩りが食欲をそそる。 改めて持ってこられたアイスコーヒーの隣で、さっきからおいしそうな匂いが漂ってきていた。多分、出来立てなんだろう。これは確かに、今食べないともったいない。 へへ、と仗助が目を伏せて笑った。 「それもそうだな……。んじゃ、いただきまーす」 「おー」 「はー、見てたら腹減ってきた。オレもなんか頼もっかなァ〜〜」 「好きにしたら。私、もう帰るから」 最後の一口を飲み干して、由花子が受け皿にカップを置いた。カップの横にスプーンやらスティックシュガーの紙やらをまとめる指先がカップに当たって、カチャカチャと音を立てる。 「あれ、もう?」 「話は終わったでしょ。最近、ちょっと忙しいの」 「そう。じゃあ、また今度ね」 「ええ。今度うちに来たとき、何か作るから」 何か作るから、ここのお会計よろしくね、という意味だ。 由花子の作る料理は、それもお菓子はとびきりおいしい。一体何を作ってくれるのか少し楽しみにしながら、由花子に手を振って背中を見送った。 「……なんか、邪魔しちゃいました?今更ッスけど……」 「ん?いや、もう話すことは話したし。また何かあったら今度会って話せばいいよ」 それよりオレ仗助のスタンドの話聞きたい、と言うと、仗助は少し照れくさそうにして手に持っていたサンドウィッチを皿に置いた。 「えっと……オレのスタンド、クレイジー・ダイヤモンドっつーんです」 こいつです、と言う仗助の背後にさっと人影が現れた。筋肉質なボディに、プロテクターのようなものを纏っている。 承太郎のスタープラチナもそうだが、昨日見た億泰のザ・ハンドもなかなかにいい体をしていたように思うし、スタンドとはみんなガタイがいいものなんだろうか。 「へえ、すごいな……でかいし」 じっ、と見つめていたら目の合ったクレイジー・Dが少し照れた。ちょっと仗助っぽい。 「千昭さんのスタンドは?」 「ん?あー……」 もったいぶんないで見してくださいよォ、と仗助に急かされて、内心苦笑する。 「オレのスタンド、姿?とか、ないんだよね」 「え!そんなんあるんスか」 「あるみたいよ」 「珍しーよなァ」 一口に『スタンド』と言っても、その実それぞれの共通点はほとんどないんじゃないかと思う。自分がこの短期間で出会ったスタンド使いだけでも、その形状や能力はばらつきが激しく、共通項と言ったら『一般人には見えない』くらいしかない。 どうやら仗助の周りにはビジョンのあるスタンドばかりいるようだが、自分のスタンドがビジョンなしの千昭にとってはそれが当然だと思っていたのだから、驚かれると逆にこっちがびっくりしてしまう。 姿のないスタンドよりも、おもちゃの兵隊のスタンドや髪の毛のスタンドの方がよっぽど奇抜な気がするのに、と千昭は一人ごちた。 「そっかァ……あ、でも、能力見せてくださいよ能力!」 「んー、また今度ね」 千昭の返答に、仗助が「ええーッ」と抗議した。 「そんな目立つ能力でもないけど、ここじゃちょっとな」 それに生憎、今日は鞄を持っていない。ポケットだけでもある程度のものは引き出せるが、やはり出入り口が小さいとその大きさのものしか引き出せないのだ。 出入り口より大きいものを引き出そうとしても、そこで引っかかってしまう。 そこまで小さいものというと財布と鍵、それに携帯やペンケースくらいしかない。出せるものがそれだけでは、四次元ポケットです、と言うには少々心許ないだろう。 「んん、じゃあ今度絶対見してくださいよ!」 少し力んだ様子で最後まで食い下がった仗助に、千昭はへらりと笑って「はいはい」と了解の意を伝えた。 ちなみにどんなスタンドなのかというのも、そのときまで楽しみに取っておくらしい。 東方仗助十六歳、結構律儀な不良だ。 「な、な、千昭!オレのハンドと仗助のクレイジー・D、どっちがカッコいい?」 今まで会ったスタンド使いのことや、承太郎のスタンドがいかにかっこよく優れているかを仗助が熱っぽく語り切ったあと、億泰が思いついたように言った。 「えー……難しいこと言うなよ……どっちって……うーん……」 すっと二人の背後に現れたスタンドを、今一度よく見てみる。 胸元や手の甲に¥だか$だかの通貨記号の装飾がついているザ・ハンドと、そこかしこにハートっぽい装飾がついているクレイジー・D―― …… 仗助と億泰を見れば二人とも期待に満ちた目でこちらを伺っているが、しかしスタンドの感想と言っても千昭の認識といったらその程度で、どちらがかっこいいかと言われてもピンと来なかった。 「あ、分かった」 「ザ・ハンドだよな!?」 「いやどう考えてもクレイジー・Dっしょ!?」 ぐっと間を詰めてきた二人に、ちょっと暑苦しい、と思いながら千昭は口を開いた。 「バッド・カンパニー。オレ、子供のころ夜中におもちゃが動き出すのとか憧れてたんだよね」 一瞬ぽかん、とした二人が、次の瞬間揃って肩を落とした。 「そう来るんスか……」 「兄貴ずっりい……」 「ま、二人のも十分かっこいいけどさ」 やっぱあれは反則だもんなあ、と零すと、仗助と億泰がなんだか拗ねたようなぶすっとした顔になる。 昼過ぎのカフェのテーブル、男三人内不良二人、肩を落としているのも二人。なんとも奇妙な光景だ。 由花子を引き止めとけばよかったかも、という考えが千昭の脳裏をよぎったことは、ふくれ面の二人には内緒。 |