一週間以上も公園に行けなかったから、もう千昭はいないかもしれない。そう心配していた形兆は、砂場にしゃがみこんだ背中を見つけて心の底からほっとした。億泰が千昭の名前を呼ぶ。手を繋いだまま一緒に早足で砂場へ急いだ。

「わあ、二人ともひさしぶり」

「ああ……うん。ひさしぶり。こないだは、ごめん……」

「ご、ごめんね千昭……」

「いいよー。用事があったんでしょ?今日はあそべる?」

 パンパンと手の砂を払い落とした千昭がへらっと笑って、億泰が「あそべる!」と即答する。形兆も頷いて服の袖をまくった。ついでに億泰の袖も捲くってやって、どうやら千昭が一人で作ったらしい砂の山や溝なんかを踏まないよう、何もないところにしゃがみこむ。

「これね、うちの近くのみちをつくってるんだ。おとといからやってるの」

 ここがマンションでこれが黒木川、と千昭が砂のでこぼこを指でなぞる。覚えている建物や公園しか作っていないらしく、地図にしてはずいぶんさっぱりしていたが、人の集まっているところにはウルトラマンや仮面ライダーの指人形が置いてあったりしてそれなりにままごとの町っぽくはなっていた。
 一昨日からやっているにしては完成度が低い気もするが、マイペースな千昭のことだ。きっと途中で違う遊びをしながらだらだら作っていたのだろう。形兆は千昭は両手で盛っている砂山を手伝いながら「毎日きてたのか?」と聞いた。千昭が「うん。毎日きてたよ」と返す。

「あー……千昭、ほんとうに、ごめん。ずっと来なくて」

「ええ?いいよ。このあいだは約束してなかったし……それにおれ、このあいだマンションのとなりの公園いったんだけど、やっぱり砂場はちいさいほうがよかったよ。こっちのがひとがいないし、さんぽの道にもちかいし」

 そういえば、と形兆は記憶を思い起こす。はじめ千昭は一人で遊べる砂場を求めてここへ来ていたのだった。形兆たちと遊ぶ方が楽しいと言っていたこともあったが、もともと一人でも黙々と遊んでいられるやつなのだから、ほんの一週間遊び相手がいなくなったところで別段がっかりすることもないのだろう。自分と億泰がなんとも思われていないようで少し寂しい気もしたが、急に来なくなったことで嫌われてしまったんじゃあないかと不安がっていた形兆は密かに胸をなでおろした。
 ここが道路だよ、と言いながら千昭がミニカーを砂の溝に沿って動かし、安全運転してねと億泰に渡す。今日はそういう遊びにするのかと聞くと、町を全部作ったら山やビルを崩して平らにならし、埋まったおもちゃをまた掘り出すと言われた。結局最後は宝さがしというわけだ。
 いつものおもちゃにいつもの遊び。何かが胸をついた。なんだろう。
 ミニカーを渡されたままの状態で一向に遊びはじめない億泰を見て、その原因がなんとなく分かった。いつもの玩具でいつもの遊びなのだ。母親に会って千昭のことを話していたときと同じ遊びをしている。目を閉じた母親のベッドの横で泣いた日とも同じ遊びだ。おもちゃが悪いわけでも宝さがしが嫌いになったわけでもない。ただ、見ると思い出して切なくなってしまうのだ。
 黙り込んでもじもじしている二人を見て、千昭がいぶかしげな顔をする。

「どうしたの?」

「……あのさ、今日は、宝さがしゲームじゃあないやつやろう」

「んー……いいよー。じゃあ、もう町もおわりにするね」

 あちこちに立たせた指人形や恐竜をバケツに放り込むと、千昭は三日かけたはずの砂の町をあっさり手で崩した。「あっ!」と億泰が小さく声を上げる。形兆も驚いていた。何も今壊さなくても。大変なことを言ってしまったと居心地悪く思っていると、千昭はいいのいいのと笑って立ち上がり、膝やズボンについた砂を手で払った。

「たぶん、これからやるやつの方がたのしくなるとおもうし」

「……た、たのしくなかったら?」

「たのしくないの?」

「……わかんねー……」

 宝さがしゲームじゃあないやつ、と言った通り、何か他の遊びを思いついたわけではなくただ単に宝さがしゲームを避けたかっただけなのだ。しどろもどろに代替案がないことを白状すると千昭は「じゃあ一緒にかんがえよう」と言ってそのへんから適当な枝をとってきた。

「形兆、ひらがなかける?」

「ちょっとなら」

「じゃあ、形兆がかく係ね。これからなんの遊びにするかのかいぎをはじめます!」

 びしっと言い放った千昭につられて億泰が背筋を伸ばす。砂場の砂に案を書いていけということなのだろうと思い当たった形兆は、砂を丁寧に足でならしてきれいにした。

「しゃべるときは手をあげてください。はい!億泰くん!」

「えっと、あの、うーんと……えっとお!」

「億泰くん、なにをしゃべるかきめてから手をあげましょう。じゃあおれ言うね。はい!おれ!」

 千昭は自分で手を挙げて自分で自分を指名した。

「おれはおさんぽがいいとおもいます!」

「お、さ、ん、ぽ……」

 慣れないひらがなを一文字ずつ砂に彫っていく。ぽ」の横棒が二本だったか三本だったか分からなくなって一か八かで三本にした。間違っていても千昭と億泰は気づかないだろうと高を括ってみたのだが、果たしてその通りだったので形兆は涼しい顔で続きを待つ。

「はい、億泰くん!」

「おれもおさんぽがいいとおもいます!」

「億泰ゥ……おまえ千昭の言ったことそのまま言ってるだけじゃんか」

「だってぇー……」

「かく係の形兆くん。おさんぽってもう一回かいてください」

「……もういいよ、さんぽで。さんぽって、うーんと、どこに行くんだ?」

 あんまり遠くに行くと帰り道が分からなくなるかもしれない、と唇を突き出しながら尋ねる。そもそも散歩って遊びに入るのか?という疑問は、話がややこしくなりそうだったので口にしないでおいた。


prev*#next

もどる

「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -