「なあ、なにしてるんだ」 「砂あそび」 「……穴、ほってるのか?」 「ううん、宝さがしゲームするんだ」 これをね、砂の中にかくして見つけるの、と言って小ぶりなバケツを差し出される。おもちゃのバケツの中には、スーパーボールやウルトラマンの指人形、ミニカーなどの小さなおもちゃがいくつも入っていた。 「いっしょにやる?」 形兆は返事を言いよどんだ。何をしているのかは分かったが、他にも聞きたいことがたくさんある。 「……おまえ、どこに住んでるんだ」 「えー?」 いっしょにやるかと聞いておいて、子供は返事を待たずに穴掘りを再開していた。視線は地面に縫い付けられたままで、えっとねえ、ちょっと待って、と言って形兆の質問に答えない。 渡されたままのおもちゃのバケツを持って隣にしゃがみこむと、赤いミニカーとって、と言われた。一瞬なんのことかと首を傾げかけたが、手元のおもちゃがたくさん入ったバケツのことだと思い当たって、形兆は中に手を突っ込んだ。おもちゃ同士がぶつかって、ガチャガチャと音が響く。言われた通り赤いミニカーを取り出すと、子供が手を差し出す。その手にミニカーを渡す前に、形兆はもう一度聞いた。 「なあ、おまえどこに住んでんだよ」 「あー、えっとねえ、どこだっけ」 ちょっと待ってね、と言って子供は立ち上がって手の砂を軽く払うと、自分の服を捲った。腹のあたりの裾に、何か文字が書かれた布が縫い付けられている。じっとそれを見つめながら、子供は区切り区切りに読み上げた。とうきょうと、おおだいらし、みなみまち、あおばマンションよんまるいち…… 「……に、住んでます!」 全て読みきったのち、やりきったと言わんばかりの表情を見せられて形兆は一瞬うろたえた。てっきりこの公園のごく近くの家の子供だと思ったのに、青葉マンションなんて、あのきれいな公園の隣のマンションのことじゃないか。 「おまえ、なんでこっちの公園であそんでるんだ……」 家の隣にあんないい公園があるのに、わざわざこの薄暗い公園を選んだ理由が分からなかった。もしかして、あっちの公園の存在を知らないのだろうか。いや、と思い直す。あんなカラフルな遊具が目に入らず、楽しげな遊び声が聞こえないなんて、隣のマンションに住んでいたらありえない。けれどこっちの公園にいいところなんて一つもないのだ。その上マンションからは少し遠い。子供一人で来るなんて、おかしい。 訳が分からずに疑問符を浮かせた形兆の眉はどんどん寄っていったが、険しい表情もぶっきらぼうな物言いも気にならないようで、子供はもう一度ぴっと手を差し出した。 「ねえ、ミニカーちょうだい」 「えっ、あ、うん……」 大人しく持っていたミニカーを渡すと、子供はそれをさっきまで掘っていた穴に放り込んだ。あっ、と形兆が声を漏らす間もなく、子供の両手が上から砂をかけていく。みるみるうちに穴は塞がり、赤いミニカーは砂の中に埋まってしまった。もう、どこにあるのか分からない。 「ミニカー、見えなくなったぞ」 「いいんだよ。宝さがしゲームだもん」 子供はそう言うと、今度は違うところに穴を掘り始めた。砂場の砂はさらさらしているから、穴を掘ろうとしても砂が流れ込んでしまって素手で深い穴を掘るのは難しい。砂で真っ白になっていく子供の手を眺めながら、形兆はまた一つ質問をした。 「おかあさんとおとうさん?おかあさんは、せんたくものしてるよ。……おとうさんは、んーと、わかんない」 母親と父親はどこにいるのかと聞いた答えだ。察するに、父親はどこかに出かけていても母親は家にいるのだろう。けれどこの子供は一人でここに来たのだ。青葉マンションから歩いて一人でここまで。 母親が元気で家事をしている“普通の家族”の子供だということには少し引け目を感じたものの、形兆は目の前の子供に親近感を抱いた。付き添いなしで公園に来る子供が、自分たちの他にもいた。朝から感じていたもやもやした気分が少し晴れた気がした。 黄色いボールとって、と言われて、形兆はまたバケツの中を見下ろす。ボールは手の平サイズのゴムボールで、おもちゃの中で一番大きかったからすぐ見つかった。子供に渡そうとして、ふとその表面に文字が書いてあるのに気づく。黒い油性ペンの文字を読み取ろうとボールをくるくる回していると、子供が「あ、」と声を上げた。 「それ、おれの名前だよ。千昭って、かいてあるでしょ。ようちえんのボールなんだ。みんな同じのもってるから、名前かいてあるの。かいてないとね、まちがえちゃうから」 こないだまみちゃんとだいくんがケンカになってたし、と続けて、千昭は再度形兆の目の前に手を差し出した。形兆は素直にボールを引き渡す。先ほどのミニカーと同じように穴の中に放り投げられ、砂をかけられたボールはすぐに埋まって見えなくなった。 「……千昭っていうのか」 「うん。そっちは?」 「……形兆」 「けーちょー?」 「けいちょう」 一文字ずつはっきりと発音すると、千昭も同じように「け、い、ちょう」と区切って繰り返した。確認するような眼差しに一つ頷く。 「形兆くんは、あの子スコップもってるとおもう?」 そう言って千昭が指差した先には、億泰がいた。一瞬だけ目が合って、億泰が慌てたように顔を背ける。相変わらず座り込んではいたが、こちらの様子が気になるようで、ちらちらと視線を向けていた。 「さっき聞こうとしたけど、むしされちゃった」 「……あいつは、おれの弟なんだ。おれたち、砂場のおもちゃはもってないから、スコップはない」 千昭のおもちゃのバケツを見ながら言った。持ってなかったわけじゃなかったが、夏の雨上がりに砂場で遊んで泥だらけで家に帰ったとき、父親に取り上げられてしまったのだ。そのあと億泰はジャングルジムにはまったし、自分は自分で他の遊具で遊んでいたからほしいとも思わなかった。きっともう、捨てられてしまっているだろう。 千昭は形兆のときと同じように「そっかあ」とだけ言って、何を思ったのか億泰に向かって手を振った。億泰は驚いて固まっていたものの、しばらくすると恐る恐るといった様子で形兆たちの方へ歩いてきた。そのころには千昭はとっくに穴掘り作業に戻っていて、なんともいえない気持ちになる。本当にスコップにしか用がないらしい。 ひどい人見知りで恥ずかしがりの億泰は、形兆の隣に隠れるようにしてしゃがんだ。服を引っ張られて顔を向けると、隣の子は誰なのかとぼそぼそ聞いてくる。自分で聞けよ、と返すと、億泰はふるふると首を横に振った。 「形兆くん、ウルトラマンとって」 「……千昭、こいつ億泰っていうんだ」 ウルトラマンの指人形を取り出しながら、形兆は言った。隣で億泰がびくびくしているのが分かる。千昭は穴になだれ込む砂を両手で押さえつけながら顔を上げた。 「そうなんだ。おれ、千昭だよ」 そう言って小さく笑った千昭に、億泰が小声でうん、と返事をした。聞こえているのかいないのか、千昭は、おれ手がはなせないから形兆いれて、と形兆に視線を移した。言われた通り持っていた指人形を穴に入れる。 「……ぼくもいっしょにやる」 人形に砂をかけ始めた千昭を見て、億泰は一歩前に出ると一緒に穴を埋め始めた。 |