母親の墓はすぐ見つかった。男がだいたいの位置を知っていたし(昨日電話で寺の住職に聞いたらしい)、そうでなくても最近建てたという母親の墓は周りとくらべて何もかもピカピカでとても目立っていた。文字が彫ってある石は真っ黒だし、周りに置いてある銀色の容器も汚れひとつない。
 ちょっと待っててくださいね、と言ってどこかへ行っていた男が、桶と雑巾を片手に戻ってきた。

「あ、おそうじだ。おれやるー」

「なにするの?おそうじ?」

「そうですよ。おそうじ。この雑巾でね、お墓をきれいに拭いてあげましょう」

 男が桶の中の水に雑巾を浸して、絞る。雑巾は二枚合ったので、もう一枚を形兆が絞った。億泰みたいに両手で掴むだけの絞り方じゃあなく、ちゃんとしたねじねじの絞り方だ。もうすぐ小学生になるからと、このまえ幼稚園で教えてもらったのだ。「わあ、形兆、ぞうきんしぼるのじょうずだね」と千昭が言ったので、少しいい気になる。

「じゃあ、形兆くんと千昭くん、お墓を拭いてください。上の方は私がやりますから、無理はしないように。石の上に登ってはいけませんよ」

「はーい」

「わかった」

「お、おれは?おれぞうきんないよ!」

「億泰くんは私と他の準備をしましょう」

 手招きされた億泰が男に近寄って、なにやら男の荷を開いている。気にはなったものの自分は掃除係になったようだったので、形兆は任務をまっとうすることにした。手馴れた様子の千昭を見てやり方を真似しつつ、近くの石を丁寧に拭いていく。もともとピカピカだった黒い石が、水気を帯びてよりいっそう深く輝いていく。
 手ごろなところを全て拭き終わって男に言うと、男が雑巾を引き継いで高いところを手早く拭いた。そして億泰が、両手いっぱいに抱えた花束をよたよたしながら銀の容器に差し込む。形兆はここで初めてこれが花瓶なのだと知った。
 雑巾を桶に片付けた男が、しゅっとマッチをする。深緑色のなにかの束を持ち上げて、それに火を移す。
 形兆は誕生日ケーキのろうそくを連想した。父親も確か、形兆の前の誕生日に、マッチからろうそくの束へ一気に火を点けていたのだ。
 しかし男はその束を二、三度勢いよく振って、折角点けた火を消してしまった。

「火、きえちゃったぞ」

「まだちょっと点いてますよ」

 言われて手元を覗き込めば、確かに先っぽがほんの少しだけ赤くなっている。億泰も見たいと言って背伸びをした。あんまり近づくと煙たいですよ、と言いながら、男がそれを銀の皿の上に乗せる。

「これね、おせんこうっていうんだよ。いっかい火はけすけど、でも、もえてるんだよ。どんどんもえて灰になっちゃうの」

 億泰と形兆が並んで銀皿の上の束を見つめていると、横から千昭が説明を寄越した。ほんとだ、と億泰が声を上げる。時間の経過と共に、赤い部分のさらにその先が灰色になって、ぽろぽろと崩れ落ちていた。

「せんこう花火のせんこうとおんなじせんこうだよ」

「せんこう花火?」

「やったことないの?じゃあ、こんどいっしょにやろう」

「はいはい、ちょっと上から失礼しますよ」

 三人の頭上を男の手がぬっと通り過ぎて、線香の隣におにぎりを置いた。反対側には、何かの和菓子をいくつか。「さあ、みなさん、手を合わせて」食べ物に釘付けになった億泰と形兆の意識を呼び戻すよう、男が大きな声で言った。

「形兆くんと億泰くんのお母さんにご挨拶をしましょう。手と手をぴったり合わせてくださいね。目を閉じて、心の中で、こんにちは、お元気ですかって」

「こんにちは、おげんきですか!」

「億泰、こえにでてるよー」

「あれ?」

 ばか。形兆は小さくため息をついた。千昭と男がふふふと笑っている。億泰は今度こそときつく唇を閉じて、ついでに目もぎゅっと閉じて、無言でじっと手を合わせた。
 形兆は、どうしたらいいか分からなかった。自分はここに母親がいると思ってはいないし、この石を介して母親に言葉が伝わるとも思っていない。かといって自分ひとりだけ墓石に背を向ける勇気もなく。形だけ手を合わせて、軽く目を瞑った。
 瞼のうらに、病床の母の姿を思い出した。


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