「どうしたんだい、こんな時間に」 ざり、と砂利を踏みつけてまた一歩男が近づいてくる。一体誰なんだろうと不思議に思う片隅、少なくともおばけではないなと形兆は冷静に考えていた。砂利を踏む音が聞こえるなら足がついているわけで、足がついているならおばけではない。 それに名前を呼ばれた千昭が「こんにちは、おじさん」と慣れた様子で言ったので、二人が知り合いらしいということも分かった。 「ああ、こんにちは……ん?そろそろこんばんはかな?」 男はすぐそばまでやってくると、形兆と億泰の顔を順番に見てから千昭に視線を戻し「友達?」と聞いた。千昭が頷く。 「こっちが形兆で、こっちがおとうとの億泰」 「そうかい。それで、何の用があってここに?千昭くん、もう帰る時間じゃあないのかい?」 「えっとね、形兆と億泰のおかあさんに会いにきたんだ」 「お母さんに?」 「……おれたちのお母さん、死んじゃったから」 目の高さを合わせるように男が腰を落としたが、形兆は反対に視線をそらした。母親の話は、億泰や父親よりはちゃんと口に出せるけれど、それでも人の目を真っ直ぐ見て言うのは難しい。 「死んじゃった人はおはかにいるって千昭がいったから、」 だからここまで来たのだと続ける。隣の億泰がうつむいて、足をもじもじさせているのが視界の端に映った。兄弟して顔を背けたままで行儀が悪いことこの上なかったが、男はさして気にした様子もなくそうかそうかと頷く。 「形兆くんと億泰くんは、苗字はなんていうのかな?」 「にじむら」 「虹村さんね。虹村さん……虹村さんは、多分、あっちのお寺の方だね。うちはここ数年新しいお墓を建てていないから」 あっち、と言いながら男はどこか遠くを指差した。形兆はその先を目で追いかけたが、夕日を背にした植木が黒々と連なっているだけでお寺らしいものは少しも見えなかった。 「それって、えっと、どういうこと?」 「形兆くんと億泰くんのお母さんのお墓は、ここにはないってこと」 ずん、と石で心臓のあたりを殴られたような感じがした。形兆は思わず自分の胸をなでさする。別に、本当に母親に会えるだなんて思っていたわけじゃあない。母親が死んでから何もかもに半信半疑だ。千昭の言うことならなおさら。 だから、こんなにがっかりするとは思っていなくて、自分の気持ちに頭がついていかなかった。 億泰の方は頭と気持ちがきれいに繋がっているのだろう。「えっ」と驚いたあとでまた目に涙を溜め、唇をわななかせ始めた。 「そっかあ。ごめんねふたりとも……お、億泰、ごめんね」 億泰が泣き出しそうになっているのに気づいて、千昭がうろたえる。形兆はカバンからハンカチを出して億泰の顔に押し付けた。これを使うのは今日二度目だ。 「大丈夫、大丈夫。ここにないってだけで、お母さんのお墓はあるよ。今日はもう遅いから、明日また来なさい。連れて行ってあげるから」 「でっでも……今あいだがっだ……」 鼻水も垂れてきたのでティッシュも取り出す。一枚とって渡したが、億泰はそれをぐしゃっと握ったまま涙で濡らしてしまったので、形兆は新しい一枚をぐずぐずの鼻に直接あてがってやった。ビーッと音を立てて億泰がいきむ。 「ええとね、億泰くん。おうちに帰ったら、お母さんとお話ができますよ」 「……?なんで?」 「うーん……そうですね、長くなりますから、帰りながら話しましょう」 男はそう言うと、千昭のマンションの方へ歩き出した。億泰はまだ納得していなさそうだったが、形兆が手を引くとしぶしぶといった様子で着いてきた。 |