ーー口の中が甘い。

「は、あんた、死ぬの?」

返ってきたのはふざけているとしか思えない笑い声だった。特に何も楽しくなさそうにけらけら笑う。見ているこっちが不愉快だ。目の前の、社会不適合の少年ーーいや、少年と表現するのは少し違う気もするーーに、甘ったるい匂いの充満したケーキ屋なんかに連れてこられ、ゴテゴテしいパフェを奢られている私の胸は普段にも増してムカムカしているわけだが。
大体彼に、他人にモノを奢るような経済力があるとは思えない。まず彼が財布を持っているとは思えないのだ。やたらポケットの多いジャケットに生でしまわれていたシワだらけの諭吉を見た時にそう思った。彼に戸籍があるとは思えないし、彼が生命保険に入っているとも思えない。運転はできると言っても、彼が運転免許を持っているとは思っていない。

そんな、360度どの角度からみても理解不能の人識が、さらに訳のわからない事を言い出した。死ぬとかなんとか。彼のように、笑うしかないのはわかっているのだが、私の感情は勝手に違う方向へ転がる。

「あんた、何か勘違いをしてねぇか?俺が、心の何処かで自分だけは死なないと思い込んでいる頭の足りてないやつだと認識していたわけ?心外だねぇ……」

手に持ったロングスプーンでガリガリとコーンフレークを崩しながら人識が言う。

「俺はいつ死んでもおかしくねぇと思ってたよ。生まれてきたんだ、あとは死ぬしかない。今までだって、単に運が良かっただけだ。ラッキーはそう長く続かない」

「本当に言ってんの?病気?」

「知らね。そんなに長生きは出来ないみたいだけど、今すぐ死ぬってわけじゃねぇみてーよ」

「可笑しい」

「かはは、違いねぇ。こりゃまた傑作だ。俺らしくていいじゃないの」

身体も随分と軽くなったわ、とジャケットポンと叩いてへらへら笑う。以前身体中に収納していた刃物は全部捨ててしまったらしい。あんなに大切にしていたのに。1つ150万もする、あの便利なナイフはどうしたのだろう。捨てるくらいなら私が欲しかった。彼の中身は本当に、スカスカになってしまったのだろうか。彼はここにいるのに。存在理由を根刮ぎ奪われたような今の人識の存在感の薄さに、彼の言葉が嘘かもしれないという疑念は浮かばなかった。

「で、だ。優しい優しい人識くんが、お前の為に何か出来ることはないかと考えて、手始めに俺の大好物であるコレを奢ってやった訳だが」

他に何か要望はあるか? と窺う人識が視界いっぱいに映る。随分と顔が近い。急に聞かれて浮かぶものでもない。今まで散々迷惑を被った。お金もいっぱいあげたし、宿だって貸してやった。それを、こんな、たった720円程度のパフェで済まそうなんて。この短い時間で考えろ、と言われたって。

突然死ぬとか言われたって。

人識がぐにゃりと歪んでしまう。

「かはは、」

こいつ、また笑いやがった。


「仕方ねえな。俺が慰めてやんよ」

とりあえず全部流してからだ、胸に溜まったむかむかとかもやもやを全部綺麗に流してから、彼に私の頼み事を受けてもらおう。



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