葛西さんと姪っ子 | ナノ




体を激しく揺すられて叔父に起こされていると気がついた時には此処にいた。いつの間にか眠っていてどれ位の時間が経ったのかは分からないが、此処が叔父の車の中でも日本でもないのは確かだと思う

禍々しい普通では感じる事のない空気が漂う中、叔父は私が起きた事を確認すると私を連れて何処かへ向かう。まだ開ききらない視界に女性の姿が映った気がしたが夜なのか一日中なのか、薄暗い此処では良く分からなかった


「おじちゃん、此処・・・」


不安で叔父に声をかけようとしたが、手を口に当てられて聞けずに終わってしまった
一体此処は何処なのだろう




ある所まで来ると綺麗な女の人が現れて怪訝な顔で一度私に目をやってから叔父と言葉を交わす。テレビか何かで見た事のある顔だが俳優や女優にあまり興味の無い私は思い出せなかった

女の人との話が終わったのか、叔父は足を進める。後を追って着いた先には歪な椅子に座った男が視界に入った。初めてみるその男は私に視線を送ることなく、私の大嫌いな薄っぺらい笑みを浮かべて「葛西、」と叔父の名を呼ぶ、その声にゾワリと背中がむず痒くなる。そして叔父ちゃんが返事をする間も無く男は言葉を続けた


「誰かな?この娘は」

「あー・・・姪なんですけど――」

「葛西、今すぐ殺しなさい」


そう言って男は笑った。
会って間もない人間を殺せだなんて、悪い人なんだろうから常識も何も無いんだろうけど非常識もいい所。全国区域で指名手配の叔父と居て危ない事が起こるとは思っていたが叔父の仲間だと思われる奴の命令で殺される覚えは欠片も無い

叔父は言葉を失くして一瞬黙ったが、説得しようとしてくれた。しかし不意に出された殺気に言葉を喉で止めて黙る。初めて殺気と言うものを体感した、叔父と同じ状況にあれば私だって黙る。この男は何者なんだろうか?


「おじちゃんに殺されるのは構わないので、その前に貴方を殺して良いですか?」

「生意気な口を聞くな小娘!私が代わりに殺りましょうか?「シックス」」

「黙っていなさい、ジェニュイン」

「・・・はい、」


いつの間に現れたのか、さっき叔父と話していたジェニュインと言うらしい女の人は私の男への態度が余程気に入らないようで鞭を片手に酷く私を睨み付けた。どうして私が悪い人みたいな扱いを受けなくてはならないのだろうか、不満は広がるばかり


「威勢がいいね。だが人間の君に私が殺せるのかな?」


まるで自分は人間でないような言い方に疑問を持つが、質問に答えない事には話が進まない。

反抗するか、黙っているか
二者択一だが、どちらにしても死亡フラグが立っている。なら反抗してみた方がいいんじゃないか?私の見る限り男は叔父の上に立つ存在で、叔父は手出しできないだろう・・・普段と変わらず笑ってるように見えるけど、唯一の家族である叔父に下手に迷惑はかけたくない、離れたくない


「貴方が普通の人なら簡単な事だと思います」

「なら、やってみるかい?」

「構いませんけど、死んでも文句は無しですよ」

「・・・私はね・・・ただの人間は滅んでいいと思っている」


男は少しだけ笑ってそう言った。私は武器も力も何も無い上、この男が普通の人間でない事は会ってすぐに感じている事。此処の淀んだ禍々しい空気も重い息苦しさも元凶はこの男のせいと見て間違いはないはずだ。ちゃんと家族と呼べる人はもう叔父ちゃんだけ私が誰かを殺そうと死のうと悲しむ人がいない。だから・・・、



「怯えているね・・・。ジェニュイン、彼女を部屋に案内しなさい」

「仰せのままに・・・「シックス」。いらっしゃい小娘、こっちよ」



そう言って、私を上から下までじっと見てからジェニュインさんは歩き出した。なんて忠実な人なのだろう。さっきの私への態度は何処へやら、それでも手に握られた鞭を彼女が動かすたびにビクビクする。
いやその前に意味が分からない、殺せと言ったかと思えば部屋に案内?この男は何を考えてるんだ

私の納得いかない顔を見てか、叔父は小さく声を出して笑ってから耳元で「とりあえず付いてけ」と囁いた。会ったばかりで意味不明で信用できない人たちだけど今は他に道が無い。ニヤリと笑う叔父に言われたとおり私はジェニュインの後に続き薄暗い廊下を歩いていった



男に離れてから手がビリビリと痺れていた事に気がついた。冷や汗で背中が湿っていて気持ち悪い私にしては負けずに耐えた方だと思うけどチキンだなぁと改めて思う






「此処よ」



一つの扉の前で止まり彼女はドアを開け、私に入るよう指示をした。言われたとおり中に入れば、私の住んでいる部屋とは比べ物にならない位広い部屋、悪い人たちのくせに通常ではない大きな敷地この組織への謎が深まっていく


ジェニュインさんは小さなテーブルを挟んだ右の椅子に腰掛けるが彼女と同じ目線に居てはいけない気がして私は立っている事にした



「あの・・・さっきの男の人、誰なんですか?」

「「シックス」、あのお方は・・・私の全てよ」



幸せそうな顔で手を頬に当ててゾクッとしながらジェニュインさんは言う
しかし、そんな一部の人にしか理解できない回答をされても困る。聞く人を間違えた後で叔父に聞こう。一人頷いて視線を他方に向けてから「おじちゃんは・・・」そう声を出せばジェニュインさんは品定めするような目で私を見て呟いた



「葛西は何を考えているのかしらね・・・、」

「・・・?」

「葛西はもうすぐ此処に来るはずよ。じゃあ私は行くわ」


ジェニュインさんはそう言って怪しく笑うと部屋を後にする、私はバフッと後ろのベッドに倒れた。こんな綺麗な女性を惹きつける「シックス」。あの人は何なんだ


彼女の言っていた事は正しく暫くして部屋のドアが開き、そこから煙草を銜えた叔父が私の前に現れた。聞きたい事はたくさんある。それは叔父の方も分かっていたようで叔父は私の隣で横になった


「おじちゃん!「シックス」って何者なの?いつまで此処にいるの?なんで私、殺されなかったの?」

「落ち着け、いっぺんに言われても分かんねぇよ」

「あ、ごめんなさい」

「お前の事は前もって「シックス」に言ってあった。あんな展開になったのは、ただなまえを虐めたかっただけだろうよ」


それなら納得いくけどSの外道に変わりはないようだ、本気で怖かったのに。あの女性、ジェニュインさんが仕えているのは彼がSだからだろうか?でも彼女もS属性に見えるのになぁ・・・ならば叔父もS属性に見せて実は・・・そう思い叔父をチラリと見れば目線が合った
いや、考えない事にしよう


「それと明日には帰るぜ、報告があって来ただけだしな」

「帰っても、おじちゃん・・・居なくなったり、しない?」

「・・・あぁ、しねぇさ。ん?なに泣いてんだ?」

「泣いてない目から鼻水が出ただけ。おじちゃんこそ何?」


気になるのは叔父の腕、私の腰の上にそえられているのだ。昔の叔父はこんな事しなかったのに、そう思いながらじっと見つめれば「火火火」と笑って


「いやー会った時も思ったんだがよ、俺の居ない間に随分成長したな」

「お、おじちゃん、それ何処見て言ってるの?てか腕くすぐったい」

「火火火、ただのスキンシップだよ」


悪い人になったって優しかった叔父は変わっていない、ただ少し変態になったみたい。それセクハラだよ。夜が更けていく中、此処に似つかわしくない明るい笑い声は朝になっても続いていた




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