04
朝は少しだけ肌寒い、布団から這い出て縁側に出るとぶるっと体が震えた。でも気持ちの良い朝だ、ここも春なのだろう草木から緑の匂いがする。城内はまだ静かで、もう一度眠りに付こうと思ったが目が覚めてしまってどうも寝れない。
とりあえず着替えて布団を畳み部屋を見渡す。政宗がくれた私の部屋は、少し広くて一人だと寂しく感じた。
「そうだ、お散歩しよう」
縁側から外に出て、少し離れた所にある林の道を進むことにした。長く続く道も自然の綺麗な空気で気持ちが良い、なんだか今日はいい事がありそうだ。しばらく歩いていると広い土地に出た。そこは綺麗に耕され、おばあちゃん家の畑の野菜と同じくらい立派な野菜が実っていた。
「凄い・・・このお野菜でごはん作ったら絶対美味しいだろうなあ」
「昨日の夕餉は旨くなかったか?」
「あれは本当に美味しかった!て、わっ、片倉様!何で此処に・・・」
「何故って此処は俺の畑だからな、暇ならお前も手伝え」
「はい!喜んで!」
小十郎の真似をして野菜に水をあげ、まるまる育った野菜を収穫する。チラチラと視界にはいる小十郎、彼は私の事どう思っているんだろう、政宗様の連れてきた猫や犬ぐらいの感覚なのだろうか。だとしたら少し寂しい。
「ひっくしゅん」
「そんな薄着してるからだ、これでも羽織れ」
「ありがとうございます・・・か、片倉様の体温を感じます!」
「ふっ、何言ってやがる」
そっと肩に掛けてくれた小十郎の羽織、暖かくて良い匂いがする。これが小十郎の匂いだろうか?何だかクラクラしてきた。私を包み込む匂いのせいか、小十郎の優しさのせいか。
「昨日はキツい言い方しちまって悪かったな」
「いえ、身元も分からぬ者を警戒するのは当然のことです。でも、これから少しずつ片倉様と親しくなれればと思っております。」
「変な女だな、俺が怖くねぇのか?」
「こんなにお優しい方の何処が怖いのか分かりません、あ、昨日の鬼のような形相は少し怖かったですが」
冗談めかして悪戯っぽく笑えば小十郎は私の頭をわしゃわしゃと撫でて「やっぱり変わった女だ」と呟いた。大きくて硬い彼の手は何故だか安心する。
「そろそろ朝餉の時間だな、戻るか」
「はーい、いやー大収穫ですね!」
「お前が手伝ってくれたからな、助かった」
台車に大量の野菜を乗せて小十郎が運ぶ、私はその後を追いかけて彼の袖を掴んだ。ぴたり、小十郎の足が止まって、あわてて手を離せば「猫みてぇだな、」と彼は少しだけ笑った。胸が痛いくらいにドキドキしている。どうやら私はギャップに弱いようだ。
城に着くと政宗が待っていた。走り回っていたのか、少しだけ息が荒い。少し乱れた格好に、いつもキメている彼らしくないな、なんて少し笑ってしまった。
「Good morning!!探したぜ?なまえ。居なくなっちまったのかと思った」
「おはようございます!ごめんなさい、早く起きたので片倉様の畑におりました」
「申し訳ありません、政宗様。なまえに畑仕事の手伝いをさせておりました」
「まあいい、飯の時間だ。come on!」
政宗の部屋にて朝御飯、昨日はあまり意識していなかったが新鮮なお野菜が沢山使われていた。これってもしかして小十郎の畑で取った野菜?と声には出さず小十郎のほうを見てみれば彼は静かに頷いた。本当は野菜って少し苦手だけど小十郎のお手製だと思うと美味しく感じる。「おいしい」そう零せば小十郎は少し笑った。
「随分とfriendlyじゃねぇーか」
「どうしたんです?政宗様。何でそんなに怖い顔してるんですか」
「何でもねぇ、もっとこっちに来い」
侍女さんが朝御飯を片してくれ、小十郎は仕事の為に別の部屋へ行き、政宗の食後ののんびりタイムにお付き合い中。しかし何故か不機嫌な彼はムスッとした顔で何か考えているようだ。私を隣に座らせ、私の髪を指先でいじる。
「くすぐったいですよ、政宗様」
「なあ、なまえは城下に帰りたいか?」
「急にどうしたんですか」
「俺の興味で無理に連れてきちまったからな」
帰るとは少し違います、この世界ので私の居場所なんてありませんから。とも言えず、なんと答えようか迷っていれば頬の肉をつままれた。
帰る、か。私は元の世界に帰れるのだろうか。どうしよう、浦島太郎みたいに現世に戻ったら何十年後とかになってたら。お母さんも友達もみんなおばあちゃんになってたりして、それは嫌だなあ。
「Sorry,困らせて悪かった。帰りたければいつでも言えよ」
「いえ、違うんです。身寄りが無くて偶然あの夫婦に拾っていただいて、だから他に帰る場所も無いといいますか、えと・・・」
「いつまでも此処に居れるって事だな?」
「え、いや私を置いておいても使えないし、つまらないし良いことないですよ?」
「それは俺が決めることだ You see?」
「I see...でも政宗様がこんな一般人を城に匿ってると知れたら周りにどう思われるか」
「normal?嘘は良くねぇな、俺は初めからなまえが町のもんだなんて思っちゃいねぇ」
鋭い彼の目つきに思わず固まってしまった。政宗は私の何に気が付いたというのだろうか?私、何か可笑しな事をしただろうか?言動がまずかったか?しかし身に覚えが無い。
「お前は変わり者なんだよ。身寄りが無いという割には礼儀があり、だからと言って媚び諂う様子も無い。それに南蛮語を理解し教養がある。初めはどっかの間者か、城を抜け出してきた姫かとも思った。だが、どうも違ぇ」
「あの、政宗様・・・」
「別に無理に聞き出すつもりはねぇが、心配なんだよ。こんな時代だ、言い伝えや伝説を信じ少しでも変わった者がいればそれを利用しようとする奴等だっている、それこそ殺されるかもしれねぇ」
さすが伊達政宗、人を見る目があるようだ。まさか出会って1日であっさりと此処の人間で無いとバレてしまうなんて。しかし私が別の世界、はたまた未来から来たと言って彼は信じてくれるだろうか?でも優しい彼なら、きっと。
「・・・私は、遥か400年くらい後の世界から来ました。」
「Hum...面白ぇじゃねぇか」
「でも私が何故此処にいるか、どうやって帰るのか、何も分からないんです・・・あまり驚かれませんね」
「言ったろ?変わり者だって。そのぐらいの答えじゃ俺は驚かねぇよ、ただ今の話を聞いてなまえを放置しておく訳にはいかなくなったな、俺がなまえを守ってやる」
不敵で妖艶な笑みに、ああこの人には敵わないと悟った。それから「辛い事があったら言えよ?」と頭を撫でてくれる彼の優しさに、私の話を一番に聞いてくれたのが政宗で良かったと心から思った。
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