02
タイムスリップしてから2週間程たった、とある日の昼のこと。この世界にもだいぶ慣れてきて、アルバイト経験もあった事から仕事も上手い具合にこなしている。ヤスさんからは「アンタのおかげで客が増えたよ」と喜ばれ、お腹に赤ちゃんがいる清さんは「本当に助かるわ、ずっと居て欲しい」と優しく接してくれ、お風呂から着替えまで何も分からない私に一から全て教えてくれた。
「お団子2皿お待たせいたしました」
「なまえくん、ありがとねぇ」
「ヤスったらこんな良い子どこで見つけて来たんだか」
ただ、どうやら私サイズの着物は無いらしくヤスさんのお下がりを着ている為、私を男と思っている客も少なくない。
「Hey,注文いいか?」
「はい、いまお伺いします」
「じゃあ――「放してっ!!」」
突然店先から女子の甲高い叫び声が聞こえ、客と私の視線が外へと移る。
「なんだぁ?少しぐらい良いじゃねぇかぁ」
「そうだぜぇ、減るもんじゃねぇしなぁグヘヘ」
「いや!止めてください!!」
店の前では、よく時代劇で見る古典的なナンパ?が行われていた。腕を掴まれた女の子は恐怖でだろう涙を零している。しかし周りはじいさんばあさんばっかりで助けられるような人がいない。さて、どうしたものか
「ヒーローは現れず、か。すいません。ご注文は少しお待ちください」
そう言い残し店の外に出た。私の言葉に目の前の客がピクッとした気がしたが、今はそんな事どうでもいい。早いとこ助けてあげないと可哀そうだ。それに女の子を泣かすなんて許せない
「女泣かせるなんて男の風上にも置けない奴等だな、盛ってないで失せな!」
「なんだぁ?お前、この女の男か?」
「お前、顔がちょっと良いくらいで調子に乗んじゃねぇぞ!」
そう叫ぶと男Aが腰の刀を抜いて私に切りかかってきた。ヤバい丸腰だ、と思ったのも一瞬のこと。不思議な事にスロー再生のようにゆっくりと相手の動きが見て取れる。刀を軽々避け、とりあえず後ろから首元に一発手刀を食らわせてやると、初めてにしては綺麗にきまり一発KOで相手は気絶。絶対に可笑しい。もしかしたらこの世界に来てから身体能力が上がったのかもしれない
男Bは、男Aが気絶したのを見て悲鳴を上げて逃走。なんて情けない奴らだ、こんなんでよく女の子に手が出せる
「大丈夫ですか?」
「はい・・ありがとう、ございます」
「怪我が無くてよかった。落ち着くまでどうぞ、座ってください」
まだ震える女の子を店内の椅子に座らせて、お茶のひとつでも出してあげようと湯飲みを取りに良くと清さんが青ざめた表情で、ヤスさんが隣に情けなさそうな顔で立っていた。
「なまえちゃん大丈夫?怪我はないかい?ごめんねぇ、何も出来なくて。うちのも肝っ玉が小さくてねぇ」
「すまねぇ・・・」
「大丈夫ですよ、誰も怪我しなくて良かったです。もうヤスさんもそんな顔しないでくださいよ。あ、あの子にお茶をいれたいんですが・・・」
「ああ、俺がやる。だからなまえは座って少し休め、な、」
何にも問題ないのにヤスさんに無理やり座らせられて、その間に清さんがお茶をいれて女の子のところに運んでくれた。私はその様子を眺めながら、じいちゃんばあちゃんに囲まれて「かっこよかったよー」「惚れたわ〜」と褒めちぎられた。
相手が誰であっても褒められるのは嬉しいものだ。ありがとう、と返そうと視線を上げると、先ほどの客が視界に入る。あ、注文・・・。とっさに立ち上がり客の元に向かうと、彼は何だか楽しそうに鼻歌を歌っていた
「すみません。ご注文まだ伺ってないのに」
「かまわねぇさ、にしても刀向けられても怯まねぇなんて勇気のあるboyだな」
「いえ、助けなきゃって思ったら体が勝手に動いていただけです。あと、よく勘違いされるんですが自分は女です」
「Oh,sorry.でもcoolだったぜ、あんたはHeroだ」
「そんな大げさですよ、困っている人がいたら助けるなんて普通の事です」
男は満足げにクツクツと喉を鳴らして笑い、初めてこちらを向いた。片目にずっしりとした眼帯を付けたその男はニヤリと口端を上げて獲物を見つめるかのような瞳で私を見つめる。
開いた口がふさがらないとは正にこの事。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう、思い返せばめちゃくちゃ英語喋ってたし、この色っぽい声に気づかなかったなんて
「伊達、ま、さ、むね・・」
頭の中が真っ白になり、ワケが分からずえっえっと連呼する私をどうしたのかとヤスさんが見ているのが視界の隅に見える。しかしそれどころでは無いどういう事だ、なんで目の前に伊達政宗が、それもBASARAの政宗だなんて。なんだ、これタイムスリップではなくトリップだったのか?なんだかもう頭が回らん
「そうか、これは夢だ」
「夢じゃねーって証明してやろーか?」
ちょ、か、顔が近かい!どう証明するつもりなんだ、この男は。とは思いつつも目の前にこんな良い男がいるのに抱きつけないって何の拷問だ。その胸板に飛び込んで抱きしめて欲しい、ってなに考えてるんだ。まだ昼間だぞ、落ち着け私
「私には本命のキャラがいるんだ、此処で屈したりはせんぞ、絶対に・・・」
「Ahー?なに言ってんだ?」
「な、何でもないです!政宗様、本日は町の見回りですか?」
「いや、息抜きだ。此処のところ戦も無く執務ばっかだったからな、抜け出してきた」
「それはご苦労さまです。あ、そうだ。ご注文なにになさいますか?」
「クックッ、いや、もう甘味はいい。代わりにあんたが欲しくなった、俺と来いよ」
どうやら政宗様は相当な気分屋のようです。本日二度目の開いた口がふさがらない、屈したりしないと言った手前なんだか全身が暑くなってきた。顔を真っ赤にして口あけて、私は今一体どんな間抜け面をしているだろう、もうそれだけで恥ずかしい
「おい、旦那!」
「どうか致しましたか?おお、政宗様でしたか、お久しぶりでございます」
「ああ、そうだな。なあ、こいつ借りてもいいか?」
「なまえを・・・ですか?」
「ごめん、ヤスさん。お持ち帰りされたい」
「そうか、こっちは大丈夫だ。なまえの好きにしたらいい」
ヤスさんと清さんは優しく笑って見送ってくれた。
「ありがとう、少しだけ行って来ます」
「おう、くれぐれも失礼のないようにな!」
政宗の馬に乗り、ぴったりとくっつき城へを向かう。途中下らない世間話をしながら、腰にまわしてくる手を弾きながら。この世界に来れた事を幸せに感じるのと同時に、もう戻れないのかと不安になりながら、目の前に見える大きな城に向かった。
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