刹ュ情
幸村の背中を見送ってから「そろそろ戻るか」と言う慶次の言葉に頷いて春日山城へと足を向けた。もう少し町を見て回りたい気持ちもあったけれど、如何せん足が限界を迎えている。こんなんじゃ何処にも行けないし、明日から下駄で歩く練習しようかな。
足に豆か水膨れでも出来たんじゃないか?と頭を下げて足を見ながら歩いていれば、腰を持ち上げられ身体が宙に浮いた。驚いて顔を上げれば慶次に抱き抱えられていて、体勢を変えられ慶次の両腕にすっぽりと納まる。
「足痛いんだろ?無理する事ないのに」
「うっ、ありがとう・・・」
「辛いならちゃんと言いなよ、何事もさ。抱え込むのは身体に毒だぜ」
「別に辛くなんか」
「なまえちゃんは強情だな」
カラッとした笑いばかりを見せる彼に、伏し目がちの笑いを見せられると、胸がきゅっと絞まるような感じがした。何も言っていないのに、見られたく無い部分を見透かさせれているようで、耐えられず目を逸らし近づいてきた城を見上げる。私は何も辛くなんか無い。
慶次に抱き抱えられたまま進むと、門の所で腕を組んだかすがが待っていた。大きな声で呼びかければ、私たちに気付き顔だけを此方に向ける。
「早かったな」
「うん、足疲れちゃって。寝不足だし部屋でちょっと休もうかな」
「そうか。夕餉までまだあるからな、ゆっくりしていろ。前田、お前には少し付き合ってもらうぞ」
「かすがちゃんが俺に用だなんて、珍しい事もあるもんだねぇ」
帰りを此処で待ってまでの用事とは何だろう、と思いつつも空気を壊しちゃ悪いと聞かずに黙る。慶次は私を部屋に連れて行った後にかすがの所に行くと取り交わして、お姫様抱っこのまま自室まで運ばれた。
部屋に着きゆっくり畳の上へと降ろされ、暫く振りに自分の足で地を踏む。しかし疲労しきった足は使い物にはならず、すぐにその場へ座り込んだ。自分で思っていたより体力も無いようだ。
「重たかったでしょ?ありがとう慶次」
「何言ってんだ、軽過ぎて花弁みたいに飛んで行っちまうんじゃないかって心配したよ」
「またまたー。慶次はお世辞の達人だね」
笑いを零せば「やだねぇ、本心なのにな」と慶次も笑い、かすがとの約束の為に手を振って部屋を出て行った。静かな室内は少し寂しい。残された私は身体を休める為に横になり、しばしばする目を閉じて今日の出来事を振り返りながら夢の中へと落ちて行った。
所変わって庭先では慶次が縁側へと腰掛け、かすががその向かいに立ち慶次を見下ろしている。かすがは周囲に人気が無いのを確認してから口を開いた。
「お前ももう良い年だろなまえを嫁になんてどうだ」
「それがさ、俺フラれちまったよ」
「なッ!手が早いな・・・、昨日出会ったばかりだと言うのに」
「そうかい?かすがちゃんだって謙信に一目惚れだろ?」
「そ、それはそうだが、お前はそうじゃないだろ」
かすがの決め付けた言い方に、肯定も否定もせずに慶次は「うーん」と短く唸る。昨晩の事があったからだろうか?と顛末を知るかすがは慶次の顔色を伺い、しかしそれが理由でも可笑しい事は無いかと頷いた。
前田慶次は何も悪い奴じゃない、それはかすがも良く分かっていた。文も無しに訪れたり、泥酔したりと迷惑をかけられる事はよく有れど、情に厚く根は良い奴だ。謙信様とは比べ物にはならないが顔もそれなりで、体格もしっかりしている。謙信様や他国の武将とも仲が良いと聞くし、なまえが結ばれてくれれば願っても無い事だった。しかし既に断られていたとは。
「お前でも駄目だなんてなまえは一体どんな男なら良いんだ」
「さーね、けどなまえちゃんはお互いをもっと知り合いたいって言ってたぜ、だから加賀へ連れて行こうと思ってる」
「そうか、それは良いかもしれないな。お前なら謙信様も安心して任せられるだろう」
「俺もなまえちゃんに興味あるからねぇ、それに見てみたいんだなまえちゃんの恋する顔をさ」
その言葉にかすがは想像をしてみる。好いた相手に頬を染め手を取り合うなまえの姿、しかし気が付けばそれは自分と謙信の姿に変わっていて、かすがは頬を染めて愛しい謙信の名を呼んだ。相変わらずの事に慶次は乾いた笑いを零して何の気なしに空を見上げた、太陽はまだ高い位置にある。
「話はそれだけかい?なら俺も少し休むとするよ」
「ああ、呼び出して悪かったな。なまえの事、頼んだぞ」
それは輿入の事かとかすがの顔を見て、そうじゃないと確信する。その寂しそうな表情に声をかけるよりも先に「なまえは私の前では泣いてくれないんだ」と呟いてかすがは姿を消した。そう言えば、と慶次は思い起こす。昨晩の事だって、今日の足の事だって、俺を責める事も頼る事も出来るのに何故なまえちゃんはしないんだろうか。強情だと口にしてしまったけれど、今更ながらそれは違うような気がして慶次は頭を悩ませた。
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