みじかいはなし | ナノ



どうしようもない2月の寒さプラスアルファーで雨。受験シーズンは雨か雪と言うのは定番な気もするけれど、受験なんて関係の無い私にはただの苦痛でしかない。ポケットに入れておいた買ったばかりの手袋はバスに落として来るし、お気に入りの傘は電車の中に忘れてしまった。最悪。さっきから溜息が止まらない。それでも今からのデートを思えば手袋が無くとも心が温まる。早く会って癒されたい、抱きしめてもらって、頭を撫でてもらって。それから、それからと頭の中で妄想ばかりが膨らんでいく。
駅の切符売り場で両手を擦り合わせて改札から出てくる人の波を見つめた。幸村の姿はまだ見え無い。待ち合わせの時間まで後10分、久しぶりのデートだからと焦り過ぎたかもしれない。けれど幸村が時間に真面目で約束の30分前には着いている様な人だと言う事を私は知っている。だから不安になる。何か予期せぬ事があったのだろうか?私は忙しなく辺りを見回して彼が現れるのを待つ。そうしている間に約束の時間を5分過ぎたが、それでも幸村は現われない。もう寒さも限界だ、かじかんだ手で鞄から携帯を取り出して電話をかけた。

「もしもし、今・・・何処かな?」

数回の発信音の後に電話が繋がった。けれど問いかけても応えは返って来ない。微かに電話の奥の方で女の声が聞こえたのは気のせいだろうか。少しだけ早まる心臓の音、胃を締め付けられたような感覚に言葉が出なくなる。

「・・・・・もしもし、」

「幸村、私ね駅に居るんだけど」

暫くしてやっと聞こえた幸村の声に安心して息を吸う。どう声をかけるべきなのか戸惑いながら、今日の約束を覚えているかと聞いた。それに返って来た言葉はなんとも冷たくて。

「今日は急用がある故・・・、また後日」

「え、待って」

それだけ言って切られた電話。何それ、昨日から楽しみに準備したのに。落とした手袋も忘れた傘も幸村に会えるなら、そのくらい良いかと思っていたのに。それも無駄になってしまった。今までの一途で真面目な幸村とは別人の様に最近の彼は冷た過ぎて、散々すり減ったHPは今日の一撃で遂に0になった。もう駄目だ、好きだけど大好きだけど私の心が壊れてしまう。どうして急に冷たくなったのか理由を聞いても教えてくれず、ただバツンと引かれた目に見えない線だけが私たちの間に存在した。会話もろくにしてくれない、避けられていて目も直に逸らされる。私の事が嫌いになったのなら言ってくれれば良いのに。


折角バスと電車を乗り継いで来たのだ、何か気分転換に買い物でもして帰ろうと雨降る道を傘もささずに私は一人歩いた。時々すれ違うカップルに可哀想な目で見られたって気にならなかった。話のネタにでもして笑ってくれたほうが、私と言う存在を認識されたようで少しは気も軽くなると思ったから。ああ視界が白く霞む。目に溜った無色透明な液体が瞳の中を泳いでいる。どんなに酷い仕打ちを受けようと楽しかった日々が懐かしく思え、幸村に会いたい思いばかりが強くなる。胸が苦しい。

「幸村ぁ・・・」

言葉にすれば胸の苦しみが更に増して遂には痛みに変わった。しかし道端で泣く事など出来ず私は前だけを見て歩き続けた。ふと視界に入ったのは幸村と来た事のあるラブホテル、無意識のうちに思い入れのある場所に来てしまったようだ。恥ずかしく思い後ろを向いて来た道を戻ろうと足を一歩踏み出した。その時聞こえた自動ドアの開く音。

「もう幸村ったら激しいんだもん」

「あのぐらいが好きでござろう」

「もうっ、えっち!ここんとこ週4でするから、もう身体壊れちゃうんだけどー」

「共に暮らせば毎晩のこと故、今から鍛えねばならぬであろう?」

初めは「幸村」と言う名前に反応して、次に聞いた事のある声に反応して、傷付くと分かっていたのに思わず振り向いてしまった。そこには待ち続けてでも会いたかった人がいて呼吸の仕方を忘れた様に息が止まる。動けないでいれば偶然に此方を向いた幸村と視線が打つかった。普段は透明人間でも見たかの様に無視するのに、今日は一瞬目を見開いて何か言いかけた。しかし幸村の腕に手を回している女が「行こう?」と声をかけると私とは逆の方へ行ってしまった。

これは一体なんなのだろう。私は幸村に何か酷い事をしたのだろうか?日々の無視だけでも辛いのに、出かける約束を破って知らない女とラブホテル?ああ、笑えない。吐き気がする。彼は私を何処まで傷付けたいのだろう。言いたい言葉、言えない言葉、嘘つきピエロに騙された。

呆然と立ち尽くしていれば携帯のバイブレータが意識を取り戻させた。一通のメール、送信相手は幸村と表示されていた。既に空っぽの感情でメールを開く。たった一言“別れよう”それだけが書かれていた。もう怒りは起きない。ただただ胸が痛くて、何かが切れたように涙が溢れた。


笑えない冗談はやめて


貴方に表と裏の顔がある事を本当は知っていた。それでも一目で虜になってしまったから誰に止められようと関係無くて。優しくしてくれる貴方ばかりを見ていたら、裏の顔なんてただの噂だったのかもしれないと思い始めて。徐々に見えて来た女癖の悪さや俺様思考も、私なら心も考えも変えられるなんて夢を見て。きっと幸村は私のそんな浅はかな考えはお見通しで。だから、こうなる事はずっと前に分かっていた事で。

「馬鹿男、幸村の馬鹿・・・ばか。私の馬鹿」

それでも目を瞑れば初めの頃の優しい笑顔が蘇る。私の作ったお菓子を嬉しそうに食べる姿、抱き締められた時の香り温もり。ああ駄目だ、どうしようもなく大好きだった。どんなに惨めな思いをしても身体が心に従って、彼の去った方へと駆け出した。きっと見つけてしまったら別れたく無いと喚いてしまう。そういう女が嫌いだと知っているのに。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -