別かれよう。
私がそう言ったら無涯はきっと無表情で「わかった」とか何とか言うんだろうね。いや、そんな反応すらしてくれるかどうか分からない。でも、なんかもう期待するのも疲れたし、飽きたし、今が潮時かななんて感じてばっかりなんだ
野球に打ち込む姿とか、折り紙を兄弟に教えてる所とか、かっこよくて優しくて大好きだけど私には何にもない。こんな私を我が侭だって言う?
でも女の子なんだ、年頃なんだ、彼氏の愛を欲しがるのは普通だと思う。無涯は私に「好きだ」とすら言ってくれた事がない。本当にいいのかな?これで。無涯は優しいから付き合ってくれただけなのかもしれない。そんな思いがぐるぐる廻って一人の時は涙さえ零れ落ちる
放課後になり、部活はもう始まる時間。私もそろそろ行かないといけない、そう急いで荷物をまとめていれば、のんきなアイツはいつも通り私の元に来た
「なまえせーんぱいッ!部活いきましょーよ」
「御柳・・・私、今日は休むから」
私のいる3年の教室に毎日迎えに来るコイツこと御柳芭唐。1年のくせに野球部のレギュラーで身長なんて無涯と変わんないくらいある、だから私は嫌でも奴を見上げざるおえない。
しかも毎日3年の教室まで来るものだから周囲では2股だの御柳と付き合ってるだの止めて欲しい噂が絶えない。この事だって無涯は知ってるのに何も言わないのでしょ?本当わかんない。無涯にとって彼女って何なのよ
「はァ?何でですか?あ、とうとう屑さんにフられたとか!?」
「違うわボケ。風邪ひいたから病院行くの!」
「チェッ、やっと俺のもんになるのかと思ったら残念!てか大丈夫かよ」
おでこを近づけコツンとぶつけ御柳はニヤリと笑ってキスをする、もうこれも挨拶の一貫のようになってしまった。慣れとは怖いものだとおもう。でも、これが普通になってしまったのも無涯が何も言ってくれないから。目の前で彼女が後輩にキスされてて何も言わないなんて、本当に愛なんて無いんじゃないかとますます気が沈んでしまう
「タメ口になってますけど?御柳くん」
「なまえ先輩ちぃせぇし可愛いんだもん」
「貴方と比べたらそりゃあねぇ・・・てかそれ理由になってないから!・・・駄目だ。ダルイ。帰る。」
「待ってくださいよ、お別れのチューがまだっすよ!先輩」
「馬鹿野郎!何が嬉しくて御柳なんかにキスしなきゃなんないのよ」
重い体を起こして自席から立ち上がり鞄を手に取る。フラフラした足取りで教室のドアに向かうが、御柳に腕を掴まれて邪魔されてしまった。「放して」と退けようとするが肌と服が擦れると、ドクリと変な感じが全身を襲って足元は先ほどよりも覚束無くなり足から崩れ落ち嫌でも御柳に抱き押さえられる形になってしまった
「本当に大丈夫っすか?すげぇ熱いっすよ」
「駄目・・・だから、触らないで息かけないで」
「先輩?なんかエロいんだけど、なぁ食っていい?」
「良いわけあるかッ!ねぇ御柳?なんか全身ゾクゾクする」
そう言うと御柳はニヤリと深く笑った。悪い事考えているときの顔、逃げなきゃまたキスされるとは思うのだけれど重い体は言う事を聞いてくれず御柳の中から抜け出せないまま、半開きの唇から御柳の舌が入り込む。無涯とだってこんなキスはした事がないのに、なんで後輩に襲われかけてるんだろ
こんなトコロ無涯に見られたら今度こそ別れる事になるかもしれない。でも、それが良いのかもしれないね、無涯は私の事なんて見てないのだから
そんな事を考えれば抵抗する気すら薄れて消えて、遠のく意識に後は全て御柳に任せてしまおうと目を瞑りかけたとき、教室のドアが大きな音をたてて開かれた。ビクリと驚き目を見開いた
開いたドアの前にいたのはいつも通りの無表情の無涯
「何をしている」
無涯の冷たい言葉に何も返す気も起きない、代わりに御柳がニヤリと笑って言うの
「屑さんが先輩の事ほっとくからっすよ」
馬鹿、馬鹿、御柳の馬鹿。無涯に余計な事言わないでよ。だけどそんな声は出ず、涙で霞んで見える無涯から目を逸らしてそっと瞑れば静かに頬を伝って涙が零れた。もういいや、さっさと部活に行ってよ、なんて嘘だ。行って欲しくない、御柳の事殴ってよ、私の事救い出してよ、たまには優しくキスしてよ
だけど貴方は私の想いを裏切る事しかしてくれない
「そうでは無い。御柳、部活はとっくに始まっているが?」
ズキリ。痛む胸、なんで私より先に御柳なのよ?苛立ちと風邪で震える体は止められず、下唇を強く噛んだせいで血が出てしまった。高度の熱で感覚も無いから今はそんなの気にもならないけれど
「そーっすね。もうちょいしたら行くんで」
「・・・・・御柳」
「あー、はいはい」
めんどくさそうに返事をしてから御柳は私をゆっくりと起こし無涯の横を通り過ぎて教室を出て行く、出るときに私の方を向いてしたウィンクがやけに笑顔で怖かったが、それよりも今はこの空気をどうにかしないといけないと思う
無言のままに無涯が何も言わないのはいつもの事だけれど、それ以上に怖い。なんだか縛られて動けないような、そんな感覚。私は立っているのも辛く、吐く息は自然と荒くなる
「すまない」
頭を下げて謝る彼の姿が意外すぎて私は何も言えずにポカンと口をあけてしまった。今まで私に何があったって何も言わなかったのにここに来てなんだって言うの?安心と苛立ちと、涙が零れてポタリと服に落ちた
「・・・もういい、いいよ。無涯・・さ、優しいから・・・無理しなくていいよ」
ポタポタ涙を流しながら言えば無涯は複雑そうな顔で私を見つめる、ああもう無理だ。それは確信に近かった。
我慢できずに彼を見つめ静かに一言「別れよう」その瞬間、グラリと視界が歪んでズルリと倒れそうになったが無涯に抱き押さえられ、床に倒れる事は防がれた
「大丈夫か・・・?」
「なんで・・・私の告白に頷いたのよ、無涯なんて私のこと好きでもないくせに」
「誰がそんな事を言った?」
「私が何されたって無涯なにも言ってくれないじゃない!」
「それはっ・・・父親のように煩い奴だと思われるのが嫌だったからだ」
「・・・女の子は、今みたいに助けてもらいたい生き物なの」
「・・わかった。これからは全力で助けよう」
いまさら煩いって思われたくないなんて遅いって気づいてないの?そんなトコロが好きなんだって知らなかったの?知るわけないよね、私だって貴方に何も言ってないんだもの。言わなくても分かって欲しいなんて、身勝手だ。でもそう考えると無涯も不安だったりしたのかな?だとしたら謝らないといけないな。でも、その前に彼女としてお願いがある
「それと、キスくらいはして欲しい」
「あ、あぁ・・・」
「可能ならエッチもしたい」
「っ・・・ふむ」
「でも一番に、他の男に私を触らせないで」
我が侭な彼女は嫌いですか?でも女の子なんだ、年頃なんだ、彼氏の愛を欲しがるのは普通だと思う。
「無涯の事が好きだから、嫉妬して欲しいし守って欲しい愛して欲しい」
「なまえ、俺も同じ思いだ」
触れるだけのキスだけど今はそれだけで満足で、熱はもっと上がった気がする。クラクラする脳は風邪のせいか無涯のせいか、だけどそんな事を考える余裕もなく唇を離され私は無理やり家に帰された。
お父さんみたいな彼と発展するには少々骨が折れそうだけど幸せが増える事を願って、今日も私は御柳のセクハラを受ける。だけど今までと違う事が一つ、無涯が助けに来てくれるんだ
Help me darling!!
私だけを守っていてよ!