……逃げ出したい。

突然、そう思うことが、
頻繁にあった。

悲しい時や、楽しい時だって、
その感情は突然やってくる。

恋人の伶奈と2人で帰っている、
今だってそうだった。


それは、彼女が嫌いだとか、話が続かないから気まずいだとか、
そういう事じゃない。

言うのは照れくさいが、彼女と居る時が、むしろ一番幸せだ。


しかし、どうしようもなく、色んなものを全て投げ出して、
逃げたい、と考えてしまうのだ。

…そして欲を言えば、
…伶奈も一緒に。


「…ねえ真田ー」

「…、なんだ」

「んー、呼んでみただけー。急に、心ここにあらずって感じになったから」

「…すまん」

「や、謝んないでいいよ。ところで何考えてたの」

「………」

「逃げ出したい、とか?」

「!なんで分かったんだ」

「やっぱり。なんか、そんくらい、顔が追い詰められてたから」

「そうか…」

「真田でも、そんなこと考えるんだねえ」

伶奈が珍しそうに笑う。
そうだ。普通の俺なら、逃げたいだなんてこと考えない

「…たるんどる。」

「何、真田が?そんなこと無いよ。苦労も辛い思いもいっぱいしてるんだから、そんくらい考えて普通だって」

「…俺の苦労や辛さなど、幸村と比べたら」

「比べなくて良いっつーの。」

「む」

「本人にとって辛いことなら、それがどんだけ些細なことでも、死ぬ程辛いことになるんだよ」

「……」

「逆もまた然り。本来なら死ぬ程辛いことでも、本人にとってほんの些細なことなら、大したことじゃない。
人と比べるな。失礼だよ幸村に」

「…すまん」

適当なことしか言わないと思っていると、急に諭されることがある。
俺が彼女を尊敬している部分だ。


「よろしい。…でも、そんな逃げたいならさあ、付いてくよ私。一緒に逃げちゃおっか」

「…中学生が逃げれる距離なんて、たかが知れている」

突然俺の望んでいたことをさらりと言ったものだから、
思わず、いいのか、と言ってしまいそうになった。

「今どきの中学生は、案外遠くまで行けるもんだよ」

「日本の優秀な警察にすぐ発見される。無駄だ。」

「んー…あ、じゃあさあ、とぶ?空をとんでれば、少なくとも1ヶ月くらいは逃げれるよ」

「…何に乗るつもりだ」

それこそ、中学生にそんな金なんか無いぞ

「あー、そっか」

「……翼でも、生えていればいいのにな」

自分らしくもない。
そんなドリーマーのようなことまで呟いてしまうなんて。
どうかしている。
たるんどる。

「真田、蝋で作った羽にしないようにね。溶けて落ちちゃう」

「イカロスか俺は」

彼女から返ってきたのは、同じくらいドリーマーのような言葉だった。



「…あ、そうだ。私、肩胛骨めちゃくちゃでかいよ。もしかしたらもうすぐ翼になるのかも」

諭されるようなことを言ったかと思えば、適当なことばかり言う。
俺の、彼女の好きなところだ。

「…ははっ、ばあか」


こんな、くだらなくて、とんでもない話になるもんだから、結論はこうなった。

「もうちょっと、逃げ出さずに頑張ることにする。
だから、肩胛骨で羽ばたこうするな。想像しただけでエグイ」

「分かった。でも、たまにでもいいから、プチ逃走しなよ。私に弱音吐いたらいいじゃん。真田の体は重いから抱えられなくても、弱い所は一緒に抱えたいんだ。
さもないと、真田の体を抱えれるまで鍛えて、ガチで肩胛骨でとぶよ。」


そんな異常な脅し文句のせいで、俺の逃げ場は、彼女の隣に決定した。





………………・
真田だって悩み多き中学生。
そしてどうしても最後、爽やかに笑って欲しかった。


肩胛骨すごい人を見ると、
その気になりゃ飛べんじゃないのって思う。
飛んでみそ










 


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