「(…なんだか、なあ)」
もうちょっと前向いて歩けねえのかよ、と思う。
ずっと下ばっか向いて。
口を開けば、他人や自分を否定するような、後ろ向きな、つまんねェ発言ばかり。
いつもだるそうに人の指示に従って、けど、特定の友人には媚へつらうように必死に話を合わせている。
そのせいで、周りからは、調子乗ってんじゃねェよ、なんて陰口を叩かれている。
まあ、実際、調子に乗ってる訳ではないとは思うけど。
「(人生楽しいのかよ?)」
そんなんで、いいのかよ?
…って、なんで俺、こんなにアイツのこと知ってんだよ?なんでこんなにアイツのこと、見ちまってんだよ?
*
古文の授業中。
教師が思い出したように「今日配る資料を職員室に忘れた」と呟いた。
「取ってきてくれないか」
そう頼まれたのは、俺の隣の席に座っている、まさしくソイツだった。
大方、授業中にも関わらず堂々と寝ていたことが理由だろう。
「なんで私…だる…」
案の定、文句を垂れながらものそのそと椅子から立つ。
「(そういうのが、イライラすんだよ)」
よし、と思い立った俺は、先生に声をかけた。
「先生、俺が行ってくるよ」
「は?」
先に反応したのは彼女だった。
「だってお前ずっと文句言ってんだもん。そんなに嫌なのかと思って」
そう言ってやると、ソイツは一瞬、ムッとした顔(いや普段からそんな顔ではあるが)をした。
「いい。私行ってくるから」
「じゃあ、俺も着いてく」
「…何故に」
「いいよな?先生」
「ああ、確かに資料は多いしな。なんでもいいから早く行ってくれ」
「さー行こう」
「…?」
一旦廊下に出ると、俺はソイツの歩幅に合わせてみることにした。
ソイツの少し後ろを歩く。
よく見てみると、格好良いつもりなのか、それとも素でそうなってるのか、常に猫背で、足もあまり上げずに内股でとろとろと歩いている。
そして、視線は下だ。
「…………」
ああああ、超気になる!その猫背超直したい!
思ったときには手が伸びていた。
後ろから彼女の両肩を掴み、自分の親指に力を入れて手首を外側に回す。
「ぅわっ!え、何!?」
いきなり、しかも無理矢理に姿勢を正された彼女は相当驚いていた。まあ当たり前か
「お前、姿勢悪い」
「…さっきから、何なの?本当に」
ムッ、というより、怪訝に顔を歪ませ、肩を一回まわした。
「ずっと思ってたんだよ、もっと胸張って歩けばいいのにって。猫背だと暗い印象になるぞ?」
「…別に、私暗いし」
ほら出た、自分を否定する言葉。
前を向いて、またダルそうに歩き始めた。
「そんなグチグチ言ってるから暗くなんだろーが」
「うわ何それうざっ」
「お前さ、人生楽しいの?」
「…は?なんで急にそんなでかいテーマになるわけ」
「お前、誰かといて、楽しい、とか思ったことある?」
彼女は一瞬押し黙った後に、一人の友人の名前を出した。
例の、彼女が媚へつらってる相手だ。
「即答できねぇなら、楽しいわけねーよ」
「…」
「こいつと一緒にいて楽しい、って思えるようになるにはどうしなきゃいけないか。知ってるか?」
「…………何よ」
「自分が相手を楽しませようとするんだよ」
「…」
「両方にその気持ちが無いと、どっちも楽しくない。」
「…ふーん。」
「ってことで今からその練習な!」
「はあ!?」
「とりあえずお前もっとニコニコしろ!なっ!」
お互いが楽しくなるように、まずは俺がニカッと笑って彼女の背中を叩いた。
「うぶっ…もうっ!」
*
職員室について、大量の資料の4分の1くらいを彼女に渡し、残りを俺が持つ。
「よっと」
「…すごいね黒羽。私それ絶対持てない」
「まあな。でも流石に片手持ちは無理だわ。ドア開けてくれるか?」
「あ…うん」
先に歩きだす彼女。
相変わらず足はダルそうに見えるが、
背中はしゃんと伸びていた。
「(……ハハッ)」
なんだよ、俺の注意、しっかり受け入れてんじゃねーか。
職員室を出て、ドアを閉めてもらった彼女に、すまねぇな、と声をかけた。
「ううん、こちらこそ。…ありがとうね。」
その時の彼女の微笑んでいる顔は、俺はずっと忘れられないだろう。
「…おぅ」
俺は少し気分が良くなった。
さて、教室を出て、ここまで5分。
帰りの5分は、何を話そうか?
………………・
「逆に」様に提出をしようとして踏みとどまった文です。
楽しいヤツ の反対=つまらないヤツ…。なのかな?って最初は思いまして。
つまらないヤツも、本人の努力次第では楽しいヤツになったりとかしないんかなーて思いました。
でもなんか違うと思ってボツになりました。