「(…なんだか、なあ)」

もうちょっと前向いて歩けねえのかよ、と思う。

ずっと下ばっか向いて。

口を開けば、他人や自分を否定するような、後ろ向きな、つまんねェ発言ばかり。

いつもだるそうに人の指示に従って、けど、特定の友人には媚へつらうように必死に話を合わせている。

そのせいで、周りからは、調子乗ってんじゃねェよ、なんて陰口を叩かれている。

まあ、実際、調子に乗ってる訳ではないとは思うけど。


「(人生楽しいのかよ?)」

そんなんで、いいのかよ?


…って、なんで俺、こんなにアイツのこと知ってんだよ?なんでこんなにアイツのこと、見ちまってんだよ?




古文の授業中。
教師が思い出したように「今日配る資料を職員室に忘れた」と呟いた。

「取ってきてくれないか」

そう頼まれたのは、俺の隣の席に座っている、まさしくソイツだった。

大方、授業中にも関わらず堂々と寝ていたことが理由だろう。

「なんで私…だる…」

案の定、文句を垂れながらものそのそと椅子から立つ。

「(そういうのが、イライラすんだよ)」

よし、と思い立った俺は、先生に声をかけた。

「先生、俺が行ってくるよ」

「は?」

先に反応したのは彼女だった。

「だってお前ずっと文句言ってんだもん。そんなに嫌なのかと思って」

そう言ってやると、ソイツは一瞬、ムッとした顔(いや普段からそんな顔ではあるが)をした。

「いい。私行ってくるから」

「じゃあ、俺も着いてく」

「…何故に」

「いいよな?先生」

「ああ、確かに資料は多いしな。なんでもいいから早く行ってくれ」

「さー行こう」

「…?」


一旦廊下に出ると、俺はソイツの歩幅に合わせてみることにした。
ソイツの少し後ろを歩く。

よく見てみると、格好良いつもりなのか、それとも素でそうなってるのか、常に猫背で、足もあまり上げずに内股でとろとろと歩いている。

そして、視線は下だ。

「…………」

ああああ、超気になる!その猫背超直したい!

思ったときには手が伸びていた。

後ろから彼女の両肩を掴み、自分の親指に力を入れて手首を外側に回す。

「ぅわっ!え、何!?」

いきなり、しかも無理矢理に姿勢を正された彼女は相当驚いていた。まあ当たり前か

「お前、姿勢悪い」

「…さっきから、何なの?本当に」

ムッ、というより、怪訝に顔を歪ませ、肩を一回まわした。

「ずっと思ってたんだよ、もっと胸張って歩けばいいのにって。猫背だと暗い印象になるぞ?」

「…別に、私暗いし」

ほら出た、自分を否定する言葉。

前を向いて、またダルそうに歩き始めた。

「そんなグチグチ言ってるから暗くなんだろーが」

「うわ何それうざっ」

「お前さ、人生楽しいの?」

「…は?なんで急にそんなでかいテーマになるわけ」

「お前、誰かといて、楽しい、とか思ったことある?」

彼女は一瞬押し黙った後に、一人の友人の名前を出した。
例の、彼女が媚へつらってる相手だ。

「即答できねぇなら、楽しいわけねーよ」

「…」

「こいつと一緒にいて楽しい、って思えるようになるにはどうしなきゃいけないか。知ってるか?」

「…………何よ」

「自分が相手を楽しませようとするんだよ」

「…」

「両方にその気持ちが無いと、どっちも楽しくない。」

「…ふーん。」

「ってことで今からその練習な!」

「はあ!?」

「とりあえずお前もっとニコニコしろ!なっ!」

お互いが楽しくなるように、まずは俺がニカッと笑って彼女の背中を叩いた。

「うぶっ…もうっ!」





職員室について、大量の資料の4分の1くらいを彼女に渡し、残りを俺が持つ。

「よっと」

「…すごいね黒羽。私それ絶対持てない」

「まあな。でも流石に片手持ちは無理だわ。ドア開けてくれるか?」

「あ…うん」

先に歩きだす彼女。

相変わらず足はダルそうに見えるが、

背中はしゃんと伸びていた。

「(……ハハッ)」

なんだよ、俺の注意、しっかり受け入れてんじゃねーか。


職員室を出て、ドアを閉めてもらった彼女に、すまねぇな、と声をかけた。

「ううん、こちらこそ。…ありがとうね。」

その時の彼女の微笑んでいる顔は、俺はずっと忘れられないだろう。

「…おぅ」

俺は少し気分が良くなった。


さて、教室を出て、ここまで5分。
帰りの5分は、何を話そうか?





………………・
「逆に」様に提出をしようとして踏みとどまった文です。
楽しいヤツ の反対=つまらないヤツ…。なのかな?って最初は思いまして。

つまらないヤツも、本人の努力次第では楽しいヤツになったりとかしないんかなーて思いました。

でもなんか違うと思ってボツになりました。