もう俺みたいな男に引っかからんようにな。
『変わらないもの』
名前とビールジョッキの並びを見て、時が経ったと思った。
カルーアとかカシスとか、そういう甘ったるいもん飲むんかと思ったら、意外とそうでもないらしい。
新橋のサラリーマンみたいなペースでビールを空にしていく。
昔をよく知ってるというのは、今の姿を何も知らんということ。
それもそうじゃ。
中学卒業してからはろくに連絡もとらず、6年ぶりに突然の再開。
空白の期間が長すぎた。
「ん?」
俺がだんまりしとるのを不思議そうに覗き込んでくる。
毛先に行くにつれてグラデーションになっている髪の毛は、後れ毛を残して後ろで1つに結われていて。
全体が緩くカールしとって、そこから醸し出る雰囲気は、何というか…年相応。
何も違和感はないはずじゃけど、やっぱり俺の知っとる名前とは違った。
当たり前か。
「雅治、なんか飲む?」
そういってメニューを差し出してくる手首は青白く、そういやこいつ東北生まれだったとか、関係ないことを思い出した。
と同時に、そんなことまで覚えとった自分に驚く。
「そうじゃなー…ハイボールで」
「ん」
すいませーんと店員を呼び止めて注文する横顔は、素直に綺麗だと思った。
女は男で綺麗になるらしい。
だとしたらそれは、一体どんな6年間だったのか。
あんなに雅治雅治って鬱陶しかったくせに。その日々を簡単に塗り替えていったんじゃろうか。
なみなみ注がれて泡がこぼれそうな名前のビール。
例えるならまさにそのジョッキみたいに、ひょんな拍子で溢れ出しそうなくらい、コイツは俺で頭がいっぱいだったはず。
それが居心地悪くもあり、良くもあり。まあ、昔の話じゃ。
「テニス続けてる?」
「続けとる」
「相変わらず灼けないねー」
「体質。…名前は最近どうしとったんじゃ」
「えー超普通だよ。大学行って、バイトして、遊んで」
その"超普通"の中に、もう俺はおらんということ。
代わりに俺以外のモブキャラがそこにいるのかと思うと、言いようのない気分になった。
中学生の恋愛なんて当たり前に忘れ去られていく。
名前の中での俺も漏れなく。
店員が持ってきたハイボールを口に含みながら、名前の両耳で揺れるピアスを見つめた。
男は揺れるものに反応するらしい。
確かにゆらゆら揺れるそれは目に止まった。
でもピアスをつけない女の方が好きじゃと思った。
「雅治変わんないね」
「そうか」
「うん、雰囲気とか」
おまえは変わった。
髪の毛も、別に似合ってないわけじゃないけど。
…言いかけて止めた。
何もせず自然な黒髪の方が良かったとか、俺は童貞か。
少し薄めのハイボールをグイッと飲んで誤魔化す。
「好きだったなー」
「なんじゃ」
「いやー私、雅治のこと。ホント好きだったなって」
いい具合に酔っている名前が、ふわふわ気持ち良さそうに笑う。
少し前かがみに頬杖をつくから、胸元緩めのブラウスの中が見え隠れした。
男じゃけえ、一応見るけど。
ガードの弱さを目の当たりにして、何だか嫌な予感がした。
連絡さえ取っていなかった6年間。
知りたくない、知らない方が良いこともあるじゃろう。
俺達だってもう大学生。
好きだったと、さりげなく過去形で言われたことに傷ついてはいない。むしろ当然。
ただ少し、酒の力で懐かしくなっとるだけで。
明日になれば、二日酔いの頭痛だけを残して無かったことに出来る。
間違っても、間違ってもコイツのことは思い出さん。
後れ毛を耳に掛ける仕草で指先に目が行って、右手の薬指に気づいた。
華奢なデザインで小さく石が光るシルバーリング。
どっちとも取れるデザインじゃと思う。
「昔のことじゃろ」
「へへ、そうだね。でもホントだもん」
「飲みすぎじゃ」
「そうかも」
彼氏おるんかとは聞けんかった。
聞いてどうするのか。
ふと見ると、名前のジョッキはあっという間に空で。
俺のハイボールだけが中途半端に残っとる終電間際。
一気に飲み干して、二人分の会計をしようと思う。