だって一番脱がしづらい。
『浴衣を着てこなかった理由』
このまま帰るの?と名前に言われて、本当はもっとカッコつけたかった。
つけたかったのに、口から出たのは自分でも思う程に情けない台詞だった。
「え、だって帰んないでどうすんの」
夏は嫌いだ。
じとっと貼り付く前髪もTシャツも、まるで恋をしろとでも言うかのような脅迫じみた夜の雰囲気も。
祭りに花火に。
どうして夏なんだろう。
オレンジ色の屋台の中で色鮮やかな浴衣に囲まれて、視界がうるさい。
押しつけがましく遠くから花火の音が聞こえて、夏はいつまで続くんだろうと思った。
夏祭りも終盤、歩き疲れて屋台から少し離れたベンチに二人で座る。
名前から微かにいつもと違う香りがした。
「丸井は、帰りたい?」
そう言って俺を覗き込んでくる名前の匂いを、もっと近くで嗅ぎたいと思った。
微かな匂いの違いさえ気づいてしまう仲になってしまったことに、その時初めて気づく。
「いや、そりゃ帰りたくないけど」
帰りたくないし、帰したくない。
できるなら。
そう言えば今日初めてちゃんと目を合わせたけど、名前はどこか嬉しそうで。
ショートボブの黒髪が、夜風に吹かれてまたさっきの匂いがする。
白い首筋が夏の夜に映えて、こいつが浴衣を着たら似合うだろうと思った。
と同時に、着られたら困るとも思った。
惚れたもん負けってよく言うけど、こいつにハマったら最期な気がする。
できればこの気持ちが、一過性のものであって欲しい。
秋になったら涼しい顔して、ああそんなこともあったなって。
「行こ」
名前が俺の手を引いて、本当は逆がよかったと情けないことを思った。
「んっ…あ、」
慣れてるとまで言わないけど、別に初めてじゃない。
なのに、触り方これで合ってんのか不安になる。
左手で髪を撫でながら、白い首筋に噛みつく。
さっきの匂いはシャワーで流れたらしい。
俺もさっき使ったボディーソープ。
今度は二人とも同じ匂いがして、これはこれでいいなと思う。
こんなキモいこと思うのはこいつにだけだ。
下着のホックを外したとき、へへっと恥ずかし気に笑う声がして、慌ててベッドライトを点けた。
「やっ、なんで」
「恥ずかしがるとこ見たい」
「変態」
心なしかいつもより顔が赤くて、別にいつも可愛いけど男としてはこっちの名前の方がいい。
そのまま胸を撫でて中心を口に含む。
「あっ、んっ……ぁ」
大学に入って、いつの間にか仲良くなった。
俺は悔しいくらいすぐ名前を好きになったけど、こいつは多分俺を好きじゃないと思う。
俺もモテる方だし、そういうのは何となく分かる。
だから、夏祭りに行こうと誘われた時は正直、正直。
頭上から甘い声が降ってきて、俺が鳴かせてると思うと馬鹿みたいに興奮する。
好きだと思う気持ち、
これ以上好きになりたくない気持ち、
ただの性欲と一緒にしたくないと思いながらも止まらない自分。
「はぁっ、んっ……あっあ」
「腰上げて、脱がすから」
「んっ」
直接触ると、生理現象なのかもしれないけど普通に濡れてて。
指の腹を滑らすと軽く水音。
「…めっちゃ濡れてんじゃん」
別に自信ないわけじゃないし。あるわけでもないけど。
でもそれなりに経験あるし。
だけど何回ヤっても、濡れてるのを確かめた瞬間ってやっぱり安心する。
ダサいんかな俺。
「んっ、やっ…あっ」
好きな女が俺の指1本でここまで乱れるのを見てると、抑えつけられてる下半身がそろそろ痛い。
はやる気持ちをグッと抑え、クリトリスをなぞる。
さっきよりも一段階高い声を上げて、あー。どの女も好きだよな。ここ。
グリグリっと少し強く押しつぶすと、脚をピンと伸ばして気持ちよさそうに喘ぐ。
俺は名前以外の女にもしたことあるのに、名前がこの姿を他の男に見せたことあると思うとモヤっとした。
思った以上に惚れてるらしい。
「ま、るい…あっ、んんっ、イっちゃうかも…」
火照った顔して涙目で見上げてくる名前。
これで我慢できる男なんてもう男じゃない。
ヤったら、それっきりで終わるんじゃないか。
今後どんな顔して会えばいいんだろうかとか。
あわよくば、俺のこと。
そんなこと考える余裕もなくて、ゴムもつけずに挿入した。
「…くっ………せま」
「あっ、ん」
熱くて狭くて、夏みたいだ。
出口のない感情の中で堂々巡りになりながら、無我夢中で腰を振る。
絡みついてくる内壁が、俺を早々に掻き立ててきて。実際結構焦る。
本当はできるだけ繋がっていたいけど、早く早くと急かされるようで。
たまに奥を突いたタイミングでキュウっと締め付けられるのが、どうにも慣れない。
「ちょっ、あんま締めたらすぐ出る……っ」
「ごめ、……んっ、久しぶりだからっ……はぁっ…」
久しぶりって、俺の前は誰としたのか。
やけにラブホの誘い方が手馴れてるとか。
浴衣を着てこなかった理由とか。
正しい答えを知りたいけど怖い。
俺のリズムに揺られて喘ぐ名前を見て、当たり前に興奮して。
もう二度とこの表情を見られないかもしれないと思って、目に焼き付けた。
「あっああああっ、あっ………っ」
奥を突いたタイミングで中が収縮して、途切れ途切れになる名前の声。
ドクンと下半身が脈打ちそうになる。
俺が先じゃなくて良かった。
ボーっとする脳内で少し思う。
「……気持ちよかった?」
恍惚とした表情で見上げてくる名前を見て、もう恋愛感情でもただの性欲でもどちらでもいい。
俺も吐き出したくて、思い切り腰を打ち付ける。
早く秋になれと思った。