小さな銀世界おかえり、高杉。 髪の隙間から包む様に左目、頬を撫でる銀時の表情は先程護るべき者のために刀を振るった人間と同じ人物とは思えないほど穏やかさを纏い、子供のように歯をみせながらも何処か気恥ずかしそうな笑みをみせていた、その表情は泡となり忘れかけていた感情、想い出を高杉に引き戻していった 足に触れる村塾畳が冷え始める季節、晋助は深い藍色の着物に身を包み何時ものように橙色の流れる長髪に耳を傾けていた、そんな晋助の後では薄く黒い着物を羽織った銀時が背丈に合わない刀を抱え寝息を立てていた、それを仕方ないとばかりに微笑む松陽先生、そんな光景が胸に渦を巻くように癪に触り一日の稽古が終了と同時に銀時にふざけるな、と怒鳴り付けた、朱眼は一瞬見開かれたものの直ぐに挑発的な色を宿し何も言わず銀時は口角だけを上げた、それに何も言い返せずただ自分でさえ掴めない感情から逃避するように粉雪が降り始めたなか草履を履くことすら忘れ村塾を飛び出した。 それに気付いたのは暫く走り続け痛みを感じた時だった、短鋭く響いたその痛みに足の裏を覗くと棘のようなものが刺さっていた、それを指先で摘み引き抜く、裸足で何も持たず行くあてもなく飛び出してきたが帰るわけにもいかず、自尊心を右手に握り締めたまま凍った草に浸みる傷足は無意識に近くの林へと向かった、 徐々に痛みすら麻痺し感じなくなった足を引きずり辺りが暗くなった頃辿り着いた林の入口に座り込む、緑を失い細い木が立ち並ぶ姿は少し寂しく、それを包むように舞い降りる粉雪は暖かく感じた、そしてこの林は銀時が以前連れてきてくれた場所だと思い出す、眼を閉じ、開けても映るのは銀色に光るそればかり、晋助は小さく溜息を吐き、ゆっくりと両足が動く事を確認すると還路へと歩き出した、 だが暫く歩いていると身体は既に寒さと空腹に限界を迎え、視界が曇り、揺らぐ、そのなかで先程から瞼から離れない光る銀色だけがはっきりと開いた碧眼に飛び込んだ、その場に立ち止まった晋助に対して銀時は足を進め晋助に近づき小恥ずかしそうに頬を赤め眼を細め「おかえり、高杉」と、情けなさを含む優しい素直な音、それと同時に銀時の好物である饅頭を半分にしたものが渡される、 晋助は冷たいそれを受け取ると返事の代わりに眼から溢れたそれに胸に渦を巻いていたものは嫉妬だったと自覚する、抱きしめられおかえり、おかえり、と何度も響く音に火照た頬には触れる粉雪さえもが心地好かった そして世界を壊そうと暴れた挙げ句、因縁であった銀時との対決に敗れ、結局この男の世界など壊せる筈がない、そう気付いたのは刀を握る銀時の姿を視界におさめた時だった、もう抵抗する力すら無い高杉は諦めたように口角を上げ、勢い良く振り下ろされた刀が大きな断末魔を上げ斬ったものは高杉の握る攘夷戦争の頃使っていた刀だった、銀時は自分の握っていた刀を投げ捨て、高杉の頬に触れ「これで攘夷浪士高杉晋助は死んだよ、そしてこれが俺の知ってる高杉」と子供のような笑みを見せた、もう一度囁かれたおかえり、に思わず零れそうになった言葉を飲み込み、唇に小さく歯を立て、何一つ変わらない銀色の世界にそっと、手を伸ばした。 (あの時から、何も) End |