臆病者、唯一の逃避






暖かいな、高杉、そう譫言のように漏らしたそれに絡めた指に力が込められそこに唇が落とされた、その隙間から覗く影に居場所を求めた


決して柔らかいとは言えない万事屋の布団に身体が沈む情事後、白く、それでいて濁った空間に浮かぶ姿を遠くに見つけた、
汚れに埋もれた隊服を纏い、失った隻眼を気にも止めず、鞘を失った刀を収める術も知らずに誰も、何もない鈍色の戦場でそれを振り回し続けている、無論切るものなど何処にも有りはしない、否、唯一あるとするならば己だけであろう、

ただそんな姿を他人事のように眺めていれば不意にそれと眼が合う、同時に腹部、背中に突き刺さるような鋭い痛みを感じはい上がるそれを口から吐き出した、追いつかない思考回路、紫髪が胸元に揺れる、顔を伏せているため表情は伺えない、「白夜叉…臆病者、」そこから小さく感情を無造作に投げつけたような声色で呟かれ、隻眼の男、高杉が刀に力を更に込め先程の痛みは今も腹部に突き刺さる刀だとやっと気付く、それだけ状況が掴めていないのだ

何故、その姿の高杉が現れたのか、その理由は自分自身の願いに他ならないものだ、終戦後、幾度も重ねた身体、不定期ながらも逢っては熱を確かめ生を確認し合う、けれどもそれはただのごまかしと無い物ねだりに過ぎなかった、全てをこの場所に置いたままなのだ、無論置いてきたのは自分自身の想いだけでなく高杉自身も同様だったのであろう、

蘇るのは大切なものを失ったあの時、高杉は泣き叫ぶ事もできず、全て壊してしまえば失うこともないのだろう、等と子供染みた考えをかたちにした、自分にそのような素直になれるような強さはある筈もなく、空が代わりに泣いてくれた時と酷く似ている気がした、

返事をしない銀時に苛立ち臆病者と声を張り上げた高杉に我に還るとその肩は小さく震えていた、まるで助けを求めるように、気が付けは無意識にそれを抱き寄せ「還ろう、高杉」自分でも驚くほど子供が縋るような声で漏らす、
口を開きかけた高杉の返事を聞く前に視界ががゆっくりとぼやけ何も聞こえなくなり腕の中の体温が生々しく暖かいものへと変わり身体を跳ねらせ起き上がるとそれに驚き眼を見開く先程まで自分の下で鳴いていた高杉の姿があった、

高杉、自分自身を宥めるように小さく歯を見せて笑い指を絡め、互いに溶け合う体温に影に唇を落とす高杉の姿に安堵感を覚える、還れないことも戻れないことも分かりきっている、そうでなければならないからこそ、
今だけは、と重なる指先の影に伝わる体温に生を錯覚しては幾度も同じ問いと答えを繰り返すのだ


(還ろう。あぁ。)


End


0507