お前の手大丈夫、もう大丈夫だよ 懐かしい記憶、俺の頭を撫でながら少しけだるそうでまた優しい声で言うそれが頭の中をふわふわと掻き回す。 もう疲れちまったの?と俺の上で銀時がニヤリと笑った、言い返そうとしたが激しい情事による疲労と睡魔に勝てる訳もなくあっさりと意識を手放した 真っ白でふわふわとした何とも言えぬ空間、これは情事後の睡眠にはよくあることだ。 そんな中懐かしく良い思い出など全くない光景が鮮明に目の前に現れた 「母様…」一人には広すぎる程の和室に一枚ひかれた布団に横たわりなにやら呟いているのは紛れもなく寺子屋に預けられる前の幼い自分であった。夢とは言え自分を第三者目線で見ているのは妙な気分だ。母親からだと言いなにやら使用人が沢山の本を枕元に置く、違う、そんなものいらないんだただ傍に居て欲しいんだよ。幼い声が脳に直接響く。 あの頃母親は生まれたばかりの弟の面倒から手を離せず暫く顔も見ていない状態だった。否、健康な可愛い弟が生まれた今、病弱な俺が長男としてこの家にいることすら鬱陶しかったのだろう。(毎夜壁越しに聞こえるのは俺を産んだ後悔の母の声だったのだから)案の定、その一週間後に山奥にある小さな寺子屋に預けられることになる。母親は「沢山勉強してお家に恥じをかかせることのないようになりなさい」等と子供にもはっきりと分かる程の薄っぺらい笑顔を貼付けて言い放ったのだ。寺子屋に預けるといえば聞こえはいいが確かに邪魔だった俺は家に恥をかかせない方法で捨てられたのだ。もうこの家に戻ることはない、とその時はっきりと理解した 使用人に連れられ寺子屋に着くと髪の長い一見女かと思うような人が優しく微笑みかけてきた、それは俺が生まれて初めてみた本当の微笑みだった その日の内に髪の長い人物は先生だと知り長い黒髪を後ろで結っているのが桂、いつも寝てばかりいる天然パーマが銀時だと知った、正直人との付き合い方など分かるはずもなく黙りに黙って一ヶ月が過ぎその月に行われた筆記試験では屋敷でなんの役にもたたないだろうと思い読んでいた本が役に立ち全て満点という結果だった、周りが歓声を上げる中銀時だけはつまらなそうな目を向けていた それから数ヶ月が経ち、授業が無い日だろうと関係なく俺は学問に励んでいた。決して勉強が好きな訳ではないがそれ意外にすることがない、なにをすればいいのか分からない。 坦々と筆を動かしていると不意に背後の障子が遠慮もなしに鈍い音を立てて開き反射的に振り返るとけだるそうな瞳をした銀時が「なんでこんなとこに閉じこもってんのお前」と聞いてきた、身体が弱いからなど自分の口からわざわざ言いたくもなく黙り込んでいると勉強なんかじゃわかんねぇことってあるぜと呟き嫌がる俺を無視し担ぎ上げ外に出た 「眩し…ッはなせ!」太陽の光など殆ど浴びたことのない身体には刺激が強い。するとにこりと笑った先程まで他の子供達と縄跳びをしていた先生に俺を担いだまま近づきまるで荷物を渡すように俺の身体は銀時の腕から先生の肩の上に座らされた。子供が秘密基地を教える様な口調で「外には沢山素晴らしいものがあるんですよ」と言い 山の中をかるく案内してくれた緑は一つ一つ違う色をしている、水はこんなにも透き通っている、鳥はこんなにも綺麗に鳴く、初めて見る世界。先生の肩の上に乗ったままゆっくりと太陽に手を伸ばすと少しだけ近づけた気がした 初めて人と関わることがこんなにも暖かいのだと知った その日からまだ自分から進んでという訳にはいかなかったが銀時や桂と話したり外で遊んだりする事が多くなった。 嗚呼これが幸せかと感じ始めた矢先の出来事だった 桂が熱を出したので薬草を探しに山に入った、そこで通り魔の様な男に銀時は切り付けけられたのだそれも俺をかばって。 臆病だった俺は護る事が出来ずただ血まみれの銀時を寺子屋まで連れて帰ることしか出来なかった 悔しかった。その夜は夕食も取らずに自室でただ自分の弱さを悔やんだ。泣いてどうなることではないのは承知の上なのだがどうしても溢れてしまうのだ そんな俺を心配してか先生がそっと部屋にに入り毛布に包まり必死に泣き顔を隠す俺の頭を撫でた。「…先…生…俺は臆病者なんだよ…護れな…かった…」嗚咽混じりに勝手に口が動く、お前は最低な弱虫だと罵られると思った。先生はもう一度頭を撫でると「大丈夫、大丈夫ですよ。晋助は強くなっています誰かを護りたいと思う心があるのでしょう、護りたい人が出来たのでしょう」それが何より強い証ですと付けたし足音を立てず滑るように部屋を出ていった。 それからというもの今まで以上に武道に力を入れた、もう二度とあんな思いをしないように。そう決意し数ヶ月が経ったころのことだ、桂の悲鳴にも似た声が寺子屋中に響きその声の元に自分でも驚く程急いで向かった(摩擦に足が擦りむけるのをじんわりと感じた)、嫌な予感がし冷汗が一筋背中を伝いゆっくりと服にに染み込むのを妙に生々しく感じた それの元にたどり着いたときは目の前に広がる光景に時の流れに追いつくのが精一杯だった、血を流し床に倒れる先生、その横で返り血と思われるものを浴び立ち尽くしている銀時、俺の横で泣き叫ぶ桂、叫び上げたい、先生、先生。 喉元に詰まり音にならぬそれは熱くなった目尻から頬を伝い落ちる、ふらふらと地に足がついているかもわからないまま先生に近づき触れる、まだ暖かい。だがいつものような優しい声は聞こえない、胸が、頭が痛い、「せん…せ…ぅ…あ…うわぁああ…!!」頭を抱え込み現実から身を護るように声を上げた、 また、また護れなかった。 蘇るのは銀時を護れなかったあの時のこと、激しく震える身体に覆いかぶさる様に罵るのはこんな場面には不似合いで残酷過ぎる程綺麗な満月だった、それの美しさは「臆病者。」と言っている様にしか自分の目には映らなかった。 存在意義、それは先生の笑顔が見れるように頑張ることだったあの人の為ならなんでもできると思っていたのに。自分の中に生まれたのはただ一つ貪欲なほどの憎しみ、許さない、臆病者な自分も俺の大切なものを奪ったこの世界も…! 許さない、小さく呟き畳に指を食い込ませた、銀時がそれに目を向け眉間にシワを寄せた、お前も俺を臆病者だと責めるのか、お前までも俺を捨てるのか…!あの時の俺はきっとなんの罪もない銀時に八つ当たりのような目を向けていたのだろう、 だがそんなものには気もくれずに俺を抱きしめた、その力は徐々に強くなり痛い程だ、離せともがくが力の差からそれは無駄なようだった、小刻みにその身体が震えていることに気づいた「大丈夫、大丈夫だよ」今にも泣き出しそうな声で呟き抱きしめながら俺の頭を撫でる、それがあまりにも似ていて面影が見える程で錯覚する、本当は銀時も泣き叫び誰かに縋り頼りたいだろうに、そうでもしなければ今にも倒れそうであろうにそれでも涙一つ流さず俺を支えようとするのだ、そして尚も、俺が臆病者だったから護れなかったんだと言う、コイツを抱きしめ違う、お前は悪くないと言ってやらなければならないと思っていながらも銀時の暖かい腕の中から出る気にはなれずまた銀時の胸に顔を埋めた。 それを最後に急に目の前が真っ白い世界に戻りハッと目を覚ます、すると隣で苺牛乳をパックから直に飲む銀時が「あ、わりぃ…」起こしちまったか、と俺の頭から頬に滑らせる様に撫でたそれに目を細ませる、(嗚呼、そうかこいつこいつの手は)頬にあるそれに手を重ね軽くほお擦りをすると軽く銀時が目を見開きどうした、と驚きに半開きになった唇に自分のそれを重ねた、変わらぬ温もりに安心したのと同時に銀時が俺の頭を押さえ付け舌先がするりと入ってくるのを感じた。 (こいつの温もりは手は先生に似ている)(先生、見つけたぜ俺の護るもの壊すもの) End |