身体の中に心がある。心の中に感情がある。身体に触れることは出来ても、心に触れることは出来ない。隠された感情を人目に晒すことは、銃弾の雨の中を裸で歩き回るのと同じだ。

「夜景の綺麗なホテルがいい」と我儘を言ったバーナビーに、スポンサーが用意したのは一流ホテルのVIPルームで。ルームサービスのビーフストロガノフに舌鼓を打ちながら、バーナビーはぼんやり「今夜は眠れないだろうな」と思った。

「マーベリック氏は君の価値をよく分かっている。バーナビー君には、大枚を叩くだけの価値があるよ」

バーナビーが成果を上げれば上げるほど、夜伽の値段も釣り上がっていく。ヒーローデビューする前に関係を持っていたパトロン達と最後に顔を合わせたのはいつだったか。記憶を辿る道すがら、脳内のあちこちに残る鏑木虎徹の痕跡を見留めて、彼の知らないところで身売りをしている罪悪感に、舌の付け根が鈍くなる。虎徹とは一度、市長の子供を預かったその日に身体を繋いでいる。酔ったふりをして誘い込んで、その後は成り行きに任せて。驚くほど簡単だった。一夜の危険な火遊びは、今までに味わってきた数々のマニアック・プレイよりも、バーナビーをひどく高ぶらせた。
柔らかい牛フィレ肉が、舌の上でとろりと溶け落ちる。甘ったるいロゼワインに秋野菜のサラダ。咀嚼するさまを見せ付けるべく、スポンサーに熱い視線を投げる。あの夜から虎徹は変わった。まるで恋人のように甘く振る舞うようになった。もしかすると、本当に恋人のつもりなのかもしれない。可哀相だ。何も知らないで。

(別に言い訳をするつもりはないけど)

あまりにも軽い調子で誘いに乗ってきたものだから、それなりに遊んでいるのだとばかり思っていたけれど。行為のあと抱き合っている時に「身体を繋いだのはお前で二人目」だと暴露されて、頭の中が真っ白になった。自分は何人と関係を持っただろうか。あれもこれもと数えていけば、両手の指でも全く足りない。重ねて、言い訳をするつもりはないけれど。身体と心は別だ。心はまだ、一度も明け渡してはいない。

「…………」

ワイングラスに透かした夜景が、眼球の面でぐにゃりと歪む。泣いているのかい。問い掛ける声にかぶりを振って、夜景ごと酒を飲み下す。虎徹の腕の中で見た空は、今日の空よりもずっとずっと暗く澱んでいた。――澱んでいたのに――けれど、なぜか。幾度となく夜を共にしたパトロン達よりも、記憶の中で強く輝き続けている。褪せた身体の中、誰にも触らせたことのない心の奥で。


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