白一色で統一された室内に差し込むのは十二月の朝日だ。読みかけの推理小説から顔を上げたバーナビーは、左手首に巻いたPDAで手早く現在時刻を確認すると、そのままぱたんと本を閉じて、うんと思いきり伸びをした。身体を左右に捻るたび、脚の付け根がきりりと痛む。傷の縫合手術を終えて一週間。明日から退院に向けた本格的なリハビリ治療を始めると聞いたが、現状を見る限り、以前と変わらぬ威力の蹴りを繰り出せるようになるまでには、相当な努力が必要だろう。

(退屈だな……)

ロイズが手配した最高クラスの病室には、トイレにシャワールーム、冷蔵庫に応接セットまで、ありとあらゆるものが設置されている。壁を覆うようにして並べられた大量の花束は、全てファンからの贈りものだ。名も知らぬ人達によって届けられた温かい善意は、使う人のないソファやテーブルを完全に占領し、リノリウムの床にまでその勢力を伸ばし始めている。バーナビーは軽く肩を鳴らすと、再び膝上の本を開いた。犯人はメアリーかジョセフか、はたまた、大穴のパトリシアか――。

最終章のページに視線を落とした時、どこかでコン、と音がした。板を打つようなその音は、立て続けに三回鳴った後、それきり全く聞こえなくなる。……空耳だろうか。整った眉の根を寄せて、バーナビーは耳をそばだてた。この病棟の最上階には、たった三つしか病室ないのだと聞いている。一つはバーナビー、あと二つは上場企業のお偉方。廊下の足音が聞こえるほど脆弱な造りには思えないのだが――どうだろう。
コン、コン。今度ははっきりと耳に届く。足音ではない。確実に"バーナビーの病室の"ドアを拳で叩いている。バーナビーは声を張り上げて「誰だ!」と叫んだ。大きな声を出した拍子に、膝から本が転がり落ちる。拾おうと伸ばした手首の先端で、見慣れたPDAが、チカチカと点滅を繰り返している。

「…………はい?」
『バニー、俺、俺!』
「虎徹さん!?」
『今ドア叩いたの、俺!』

通話ボタンを押した瞬間、四角い画面いっぱいに、虎徹の顔が浮かび上がる。頭にも首にも腕にも包帯を巻いた状態で、動くこともままならない筈なのに、どうしてそこにいるのだろう。眉間の皴をより一層深くしながら、バーナビーは手元のロック解除ボタンを押した。自動ドアが、緩慢な動きで横にスライドし始める。

「お前の病室すげーんだなあ!押しても引いてもドア開かねーから、無駄に汗かいちまった」
「すげーんだなあ、じゃないですよ!あなた、僕よりずっと重症の筈でしょう!どうして出歩いたりしてるんですか!」
「…………へへ」
「ちょっと、何ニヤニヤしてるんです?僕、怒ってるんですよ?ちゃんと理解してますか?」
「分かってるって。分かってるからニヤニヤしてんだろー?」
「?……もぉ、全然分かってないじゃないですか…」

数週間ぶりに顔を合わせた虎徹は、空白の時間を感じさせない気安さで、図々しくバーナビーのベッドに腰を下ろした。前髪を流しているせいか、いつもより若々しくみえる。片足にしかスリッパを履かせていないところを見ると、本当に黙って病室を抜け出してきたのだろう。そうまでして会いに来てくれたことを喜ぶべきなのか、心を鬼にして追い返すべきなのか。選びあぐねて微妙な表情になったバーナビーに、虎徹は笑って肩を竦める。

「追い返したりするなよ?」
「……怪我は」
「なに、俺の怪我が心配?」
「そんなの、当たり前でしょう……!」

「はは、平気だって。バニーが気遣かってくれたから元気になった。……あ、バニーって呼ぶの、嫌なんだっけか」

日に焼けた手が頬をなぞり、眼鏡の弦に触れ離れていく。言外に匂わされた、穏やかな愛。緩く首を左右に振って、バーナビーは虎徹の手に自らの手を重ねる。

「最初はカチンと来ましたけど……今は、好きです。虎徹さんにそう呼ばれるの、甘やかされてるみたいで、好きです」
「ん、知ってる」
「でも"バニーちゃん"は嫌です」
「それも知ってる」
「……意地が悪いな、おじさんは」
「はいはい、いーよ、おじさんで。俺だってお前に生意気な口叩かれるの嫌いじゃねえよ」
「……知らなかった。それ、いつからですか?」
「さあ。"気付いたら?"」
「……いい加減な人だな」

冷えきっていた掌が、虎徹の体温につられてじんわりと熱くなる。深爪気味の爪を撫でて、悪戯とばかりに指の股に指を差し込むと、虎徹の大きな口の端から、尖った犬歯の影が覗いた。身体が温かいのは手と手が触れ合っているからだ。心が温かいのは気持ちと気持ちが通じ合っているからだ。小学生でも分かる単純な理論は、成立して始めてその大切さを知ることが出来る。

「ったく、ロイズさんも意地が悪ィよな。俺の病室もここにしてくれたっていいじゃねーかよ」
「無理ですよ。三部屋のうち一部屋しか空いてなかったらしいですし」
「…………」
「ああ、でも確かに逆の方が良かったかもしれませんね。虎徹さんの方がお見舞いに来られる方も格段に――」
「……はー。そういうことが言いたかったんじゃないんですけどね、俺は」
「……何がです?」
「……何でもねえよ」

目を合わせて笑いあって、どちらからともなく唇を重ねて堪え切れずにまた笑いあう。気付かないうちに築かれていた関係は、気付いた時にはもう既に"愛"へと形を変え始めていた。子供扱いされるのが好きだ。説教をされるのが好きだ。特別な名前で呼び合うのが好きだ。二人にとって、それはほんの些細なこと。





「おい、虎徹、俺だ、ベンだ!どうせ病室抜け出してここにいるんだろ!ナースが血眼になってお前のこと探してたぞ!早いうちに戻んねえと後がおっかねえぞ、おい!」


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