足掻けば足掻くほど気持ちばかりが空回って、何もかもが深みへと引きずり込まれていくような気がする。不安だった、守ってやりたかった。そんな言い訳を盾にして謝ったところで、一度離れてしまった気持ちが戻って来よう筈もない。愛している。今更になって自覚した恋愛感情は、虎徹の胸に残酷な後悔の陰を落とした。



「いつまでも暗い顔してないでよね」
「…………ローズ」



ぶっきらぼうな言葉を添えて投げ渡されたハンバーガーに一瞥をくれて、虎徹は虚ろな笑みを零した。ヒーロー達が待機するコミュニティには、バーナビー以外の全員が顔を揃えている。バーナビーがここに姿を現さないのは、虎徹と顔を合わせたくないから――なのだろう。信頼を置きかけていたパートナーの行動が、20年間探し続けた親の敵をみすみす取り逃してしまうという"最悪の展開"に直結したのだ。ただでさえ、相手がウロボロスとなると感情を抑えきれなくなる彼のこと。激昂するのも無理はない。

「…………」

もたついた所作で包装を開き、すっかり冷たくなったバンズに思い切り歯を立てながら、虎徹はバーナビーを想った。食事はちゃんと取っているだろうか。睡眠は、水分は――刹那、唇から子供めいた自嘲が零れる。下らない自己満足に覆われた気遣いだ。心配をして世話を焼いて、迷惑を掛けて突き放されて。投げ放たれた冷たい視線を反芻するたび自責の念に苛まれても、それこそ馬鹿の一つ覚えで、また性懲りもなくバーナビーのことを思ってしまう。

よく冷えたミネラルウォーターで頭を冷やして、虎徹はソファに身を投げた。バーナビーの持つ危うさは、すんでのところで均衡を保っている、ジェンガのタワーとよく似ている。誰かがきっかけを与えれば、簡単に崩れ落ちてしまうだろう。ともすれば、目を離した隙に"叩き壊れされて"しまうかもしれない。二十歳を幾つも過ぎた男相手に庇護欲を出してどうすると自身を叱咤してみても、胸に湧いた不安は増すばかりだ。時計の針が回り、薄目の奥の世界が歪む。肌触りのいいソファに深く腰を静めて、虎徹は深い夢の中へ、ゆっくりと意識を沈めていった――。






赤いライダースジャケットを纏った背中が、漆黒の波の間を、ざぶりざぶりと突き進んでいく。月明かりに照らされた金髪が目に眩しくて、虎徹は思わず顔を歪めた。

「バニー!」

潮の香りが鼻腔を突き抜け、ざりざりとした砂の感触が、剥き出しの足に焼け付くような痛みを与える。声を振り絞って名前を叫べば、或いは届くかもしれない。ほとんど縋るような気持ちで、必死に名前を呼び続けても、海風に踊る愛しい背中は、決してこちらを返り見ない。走れば走るほど、もがけばもがくほど、距離は次第に広がって。腕を掴もうと伸ばした指は、何の意味を為すこともないまま、虚しく砂の地面を叩いた。

――あの時と同じだ。
記憶の奥にしまい込んだ線香の匂いが、わっと鼻先に蘇る。あの時も、俺は何もしてやれなかった。「愛している」とは口先ばかりで、守ることも、救うことも。

「許してくれ……俺から、離れていかないでくれ……」

涙混じりに呟いた瞬間、突然、どこからか伸びてきた白い掌が虎徹の腕を掴んだ。温かい体温。縋り付くようにその掌を掴み返すと、耳元で突き放すような涙声が囁いた。





「あなたを信じようと思っていたのに」
「――――っ!」
「きゃっ!」





オクターブ高い悲鳴に顔を弾ませて辺りを見回すと、虎徹の掌に腕を掴まれたブルーローズが、困惑しきったような顔でこちらを見下ろしていた。他の仲間達も、心配そうな顔で虎徹を取り巻いている。今、一番見たい顔がそこに居ないことに落胆しながら、虎徹はゆっくりブルーローズの腕を解いた。

「アンタ、すごい顔してうなされてたわよォ?」
「かなり疲れてるんじゃない?ボク、タオル持ってくるよ」
「……バニーは」
「さあ……屋上にでも居るんじゃない?タイガーと喧嘩してから、ここには姿見せてないけど」
「……そっか。悪いな、皆にまで心配かけちまって」

自身の感情に振り回されているようでは、誰かを守ることなんて出来る筈もない。今の虎徹は、仲間を助けるつもりで海に出て、そのまま溺れた哀れな魚だ。頼って欲しいと願うならば、頼って貰えるだけの強い男にならなければいけない。身勝手な不安を揺るぎない信頼に変えて。……愛したい。愛することを、許して欲しい。

「…………あ」

ドラゴンキッドが開いた扉の、その向こう側に愛しい相手の姿を見留めて、虎徹は僅かに肩を緩めた。強い瞳だ。残酷なほどに惹かれる――強さ。

「バニー」
「…………スカイハイさん、ジェイクの新しい情報は」
「残念だが、今はまだ何も」
「そうですか」

呼び掛けに答える声はなくとも、バーナビーは今、確かにここに立っている。突き放されてもいい。側にさえ居られれば、必ず挽回のチャンスが巡ってくる筈だ。――今はそう、信じるしかない。

時計の針がまた回る。タオルを抱いて駆け付けたドラゴンキッドに虎徹が歩み寄った、その時。虚空を見つめるバーナビーの瞳に何が映っていたのか――知る者は、いない。


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