塩少々、砂糖ひとつまみ、マヨネーズを適量、スパイスをお好みで。 そんな説明の仕方があるかと怒り出したい気持ちを抑えて、バーナビーは料理の本を置いた。初心者向けのコーナーで一番売れている本を買ったのだが、これが驚くほど役に立たないつくりで。指示通りに作った味噌汁は薄く、煮物の玉葱はひたすら渋い。美味しくないが、我慢すれば食べられるレベルーーといったところだ。どこぞの著名な料理家が「料理は慣れとセンス」と言い切っていたが、それを鵜呑みにするならば、バーナビーの料理センスは極めてゼロに近いだろう。 「はあ……」 PDAに表示された現在時刻を見て、バーナビーは深い溜め息を零す。今日は虎徹のヒーローデビュー15周年の日だ。そんなもの祝わなくてもいいと遠慮する虎徹をねじ伏せて、2人きりのパーティーを開くことを決めたのは1週間前。この1週間、限界まで詰め込まれた仕事の合間を縫って、日本料理の練習に励んだのだが。上達の気配を見せないまま、時計は無慈悲にタイムアップの時刻を告げた。失敗した時の為に用意しておいたケータリングを温め直しながら、バーナビーは慌ただしく身につけていたエプロンの紐を解いた。 「すげ、また豪華なの用意したな」 「少し買いすぎました」 「俺、おじさんだからガツガツ食えねえよ?」 栓を抜いたビール瓶からふわりと雲が立ち上る。ネクタイを緩めながら、虎徹が目尻を下げて笑う。テーブルの上に飾られた花は、虎徹が持ってきたものだ。そこの花屋で売っていたから、と照れ臭そうに手渡されて、思わず頬が熱くなった。 「そんじゃ、乾杯」 「乾杯。……15周年おめでとうございます」 「おう、わざわざありがとな。……はは、なんかすげー恥ずかしいな。お前に、こうやってしみじみ祝われんの」 「虎徹さん、こういうの苦手ですよね。今更ですけど、無理矢理誘ってすみませんでした」 「バカ、謝るなよ。……バニーは特別。お前とあーだこーだ言いながら記念日祝うの、楽しいんだ」 「……意外とロマンチスト?」 「だっ!何だよ。笑うなよ!」 目尻に走る皺の数が、出会った頃より2本増えた。少し短くなった襟足と、新しくなった時計。確かな時間の経過を感じて、過ごした時の長さに気付く。 「本当はケータリングではなく手料理で祝いたかったんですけど、味付けに失敗してしまって」 「へっ、なに、バニー料理したの!?どれ!?」 「あ、出してはないですよ!失敗したんですよ。本を見ながら作ったのに、変な味で」 「いいよ、それ食いたい。捨ててないんだろ?な、食べてもいいだろ?」 「……美味しくなくても構いませんか?」 「いいって!バニーの手料理かあ……そういやお前、チャーハンもなっかなか食わせてくれなかったもんな」 心から”まずくてもかまわない”と思っているのだろう。 勢いに押されるようにして席を立ちながら、バーナビーは軽く口元を緩めた。時を重ねても変わらないものがある。10年先も20年先も、虎徹の何気ない愛情を感じてながら生きていたいと思う。 「はい、とりあえず味見をお願いします」 我慢しきれずにキッチンまで付いてきた虎徹と肩を並べて、鍋の蓋を開け、味見用の小皿に煮物を乗せ手渡す。甘辛いだし醤油の匂い。香りだけなら完璧だと思う。箸を手にした虎徹が、慣れた手付きで玉葱を掴み口に入れる。美味しい訳がないと分かっているのに。判決を待つ被告人のような気持ちで、虎徹の喉が上下するのを見守る。 「ん。あー、これな。玉葱の苦みが原因だな」 「やっぱり玉葱ですか」 「うちの母ちゃんは下ごしらえのとき氷水につけてた。それで苦味がとれるんだって」 「待ってください。メモを……」 「そんな難しい話じゃねえだろー?基本、基本!」 「でも、ちゃんと勉強して次は美味しく作りたいんです」 「……はー」 「どうしました?」 「バニー、おいで」 おいで。 大きく広げられた両腕の向こうで、虎徹が穏やかに笑っている。おずおずと近付くと、そのまますっぽりと腕の中に包み込まれて。少し低い位置から、砂糖菓子のように甘い声が、耳に流れ込んでくる。 「ありがとな。俺、バニーと出会えてよかった」 「虎徹さん……」 「チャーハンも、煮物も。お前がくれたもん全部、俺の宝物だから」 「…………」 「死ぬまで大事にする」 虎徹が持参した花の花言葉は『永遠の愛』。虎徹がそれを知っていたのかは分からない。バーナビーも花言葉の存在は知らない。少しずつ落ちていく冬の太陽が、海を割り空に闇の幕を落とす。互いの温度を確かめ合うように、2人は何度も唇を重ねた。玉葱の苦みが舌に不穏な足跡を残しても、それを気にせず、何度も何度もーー。 「次はタイガー&バーナビー結成5周年祝いだな」 「その時は完璧な料理を作りますよ」 「期待してもいいんだよな?」 「もちろんです」 「それじゃ、バニーちゃんの料理を肴に酒を楽しむとしますか。夜はまだまだ、これから……だろ?」 美味しくもない料理を皿に盛りながら、バーナビーは目尻を下げて笑った。 |