「無理はいけませんよ、おじさん。本気でこの僕に勝てるとでも思ってるんです?」 「バニーちゃんこそ、腕力自慢の俺と戦おうなんざ百年早いんじゃねーの?」 挑戦的な視線が二つ、真っ向からぶつかって火花を散らす。がっちりと握りあった掌が右に倒れるか左に倒れるかで勝敗が決まる、単純明快なゲームだ。一つ心配事を上げるとするならば──リング代わりに用意した木製のテーブルが、試合終了時に無傷のままでいられるかどうか──といったところだろうか。 虎徹とバーナビーの戦いの始まりは、虎徹の愛娘である楓がバーナビーに贈った、手作りのロールケーキにあった。思春期の女の子らしくケーキ作りに目覚めた楓が、初めて仕上げた可愛らしいケーキ。虎徹の家族としてだけでなく、自身のファンとしても楓を大切に思っているバーナビーは、突然のプレゼントを心から嬉しく思った。もちろん、ロールケーキは虎徹と半分に分けて食べるつもりだったのだが──。 『えー、お父さんにもあげちゃうの!?……んー、イヤじゃないけどなんかヤダ。じゃあ、お父さんとバーナビーが腕相撲して、お父さんが勝ったらいいよ。二人ともちゃんと真剣にやってね!』 お礼も兼ねて連絡を入れたバーナビーに楓が提案したのは、いたずら半分の可愛らしい駆け引きだった。仮にも今期のキングオブヒーロー。小さなお姫様のケーキを守るナイトになってくれと言われて、出来レースをする訳にはいかない。そのあたりの心境は虎徹も十二分に理解しているようで、試合開始前から、お互いの目は真剣そのものだった。 「そんじゃ、いくぞ。──レディ……ゴー!」 ぐ、と力を込めて右に倒れかけた腕を左に倒し返す。シーソーのように揺れ動いた手は、中央付近でぴたりと動かなくなった。体力のピークを迎えたバーナビーと、長年腕を鍛え続けた虎徹と。互角の勝負に、二人の意地が炸裂する。 「っ、やるじゃんバニーちゃん!」 「虎徹さんこそっ、年の割には頑張ります、ねっ……!」 「へっ、夜はかんわいーく俺の下で跳ねてるくせに、昼はほんっとかわいくねーのなっ!」 「なっ……あなたって人は……!」 動揺して力が抜けたのか、バーナビーの手ががくんと傾く。それでも倒されるところまでいかないのは、流石の意地といったところか。 「昨日も可愛かったなー。コテツサンダイスキーって甘えちゃってたもんなー」 「ひっ、卑怯ですよ!それでもあなた、ヒーローですか!」 「駆け引きするのが大人なんだ、よっ……と!」 「────っ」 一度不利な体勢に持ち込まれたバーナビーの腕が、徐々にテーブルへと近づいていく。虎徹は既に余裕の表情だ。負ける。金色の眉の間に、焦りの皺が刻まれる。勝算は────。 「ぃた、痛ぁ…………」 「!あっ、ごっ、ごめ────」 「……なんて、甘いですよ、虎徹さん!」 勝算は、ある。 痛い、というキーワードがバーナビーの唇から発せられた瞬間、拍子抜けするほどあっさりと緩められた腕の力に、バーナビーは最後の攻撃を仕掛けた。0から10へと切り替わる、単純なスイッチレバーのように。腕がぱたんと、逆に倒れる。 「僕の勝ちです」 「……参りました」 百回やっても勝てるゲームだ。虎徹は絶対に痛がったり苦しがったりするバーナビーを無理矢理組み伏せたりはしない。当然、経験と実績に基づくデータである。どこでの経験と実績かは……虎徹とバーナビーだけの秘密だ。 「なあ、やっぱ一口だけでもダメ?いいだろ、ギリギリまでいい勝負だったんだから」 「もう、仕方ないですね。本当に一口だけですよ?」 「やった!」 子供のように無邪気な笑顔で「コーヒー買ってくる」と飛び出して行った虎徹の背中に優しい視線を注ぎながら、バーナビーはゆるく首を振った。"本当に"負けたのは自分だ。百年早いと言われたけれど、百年後もきっと、虎徹には勝てないだろう(だからせめて、百年先も隣にいたい)。楓の手によって"故意に"飾られた虎徹好みのウイスキーボンボンを、ケーキと一緒にすくい上げて。間もなく戻ってくるであろう大切な人の姿を瞼へ描くように、バーナビーはそっと睫毛を伏せた。 百年早い |