広い背中に手を伸ばして、浮き出た肩甲骨をなぞる。着痩せして見える体型なのか、服を脱いで肌を露わにすると、別人のように雄臭くなる。肩甲骨から腰へ腕へ腿と手を動かしていき、仕上とばかりに筋肉の張った肩を両手で揉み解してやると、リラックスしきった表情で目を閉じていた虎徹の瞼がぴくりと跳ねて持ち上がった。

「すみません、痛かったです?」
「いや、気持ちいいよ。いつもマッサージありがとな」
「敬老の精神です、礼には及びません」
「言いやがったなこの……っ、イテテ」
「ほーら、おとなしくしてて下さい」

鍛え上げられた身体は、三十代後半の男性のものとは思えないほどしっかりとしている。最下位争いに精を出していた頃には緩んでいた腹筋も、サボりがちだったトレーニングに力を入れ直すことで、見違えるように逞しくなった。贔屓目を抜きにしてみても、虎徹は十分魅力的だ。無鉄砲でガサツで頑固だけれど、誰よりも優しくて、全てが温かい。

「なあ、俺さ、このあいだの取材で記者のおねーさんから手作りクッキー貰ったんだよ。昔っから俺のファンだったらしくてさ、クッキーも俺のスーツの形してんの。すげえだろ?」
「へえ。凝ってますね」
「おう、ま、俺もまだまだ捨てたモンじゃねえっつーことよ!」
「……そうですか」
「何かノリ悪ィな……あ、バニー、もしかして妬いてんのか?おいお、"やく"のはクッキーだけにしろよ!……なんつって!」
「……虎徹さん」

絶え間なく動かし続けていた手を止めて、口元に笑みを浮かべたバーナビーは、数多の傷が残る虎徹の背中にぴたりと頬をくっつけると、歌でも歌うような調子で囁いた。

「僕は料理も洗濯も上手にできませんし、楽しい話も、虎徹さんと共有できるような趣味もありません。だから、本当に"好きになれる人"が現れたら、その時は僕のことなんて気にせずに、その人のところへ行って下さい」
「……何だよ急に。止めろよ」
「褒めてるんですよ」
「止めろよ……つーか……妬けよ……」
「妬いて欲しかったんです?」

多分。バーナビーの自己評価よりは遥かにずっと、虎徹もバーナビーのことを愛しているのだろう。虎徹は涙もろくなった。バーナビーの前で泣き、笑い、時に弱音を吐くようになった。バーナビーの歩んできた道が明るい道であったならば、胸の底に溜まるような重さの愛を、手放しで受け止めることが出来たに違いない。

「虎徹さんの背中、温かいな」
「こっちの方がもっと温かいぞ」
「わ!もう、いきなり抱きしめないで下さい!」

求めるくせに、与えられると怖くなる。取り上げられる瞬間を思うと息が苦しくなる。失うことに慣れすぎたバーナビーは、自分が虎徹からも"求められている"事にまだ、気付かない。

「左腕。冷たくなってる」
「えっ?──ああ、ずっとマッサージしてたからかな」
「…………」

切なそうに細められた虎徹の目に、涙の膜が張ると同時に。「もっと重い愛が欲しい」と訴える彼の"温かい右腕"が、電気の紐を引いてそれを隠した。


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