耳馴染みのいいジャズアレンジのクラシック音楽が流れる店内は、暖色のライトに彩られて、いかにも落ち着いた雰囲気だ。人も疎らなカウンター席は腰を据えて話し込むのに最適な場所で、アントニオと酒を飲み交わす時、虎徹はいつも無意識にこの店を選んでしまう。

「移籍先はどうだ?聞くところによると、有能な相棒が出来たらしいじゃないか」
「有能なら俺と組ませずに一人でヒーローさせりゃいいんだよ」
「随分な言いようだな。馬が合わないのか」

アルコール度数の高いブランデーを躊躇なく飲み下しながら軽口を叩いたアントニオに、虎徹は憤慨してグラスを置いた。人気沸騰中のルーキー、バーナビー・ブルックスJrは、虎徹の仕事上の相棒だ。成績優秀・容姿端麗。性格が歪んでいることを除けば、申し分のない男なのだが。

「とにかくクッッツソ生意気なんだよ、アイツは!この間も――」

どうやら、バカ正直とクソ生意気の相性は最悪のようで、バーナビーとの数々の衝突について語る虎徹のこめかみには、今にも爆発せんばかりの青筋が、幾つも幾つも浮かんでいる。アントニオの目線から見れば、理知的でどこか冷めた雰囲気を漂わせているバーナビーが、そこまで生意気な性格であるようには思えないのだが、現場でもオフィスでもトレーニングセンターでも、常に行動を共にしなければならないとなれば、また違った一面とぶつかることもあるのだろう。善しか悪しか。虎徹の様子から窺い知るに、間違いなく"悪し"だろうなと、アントニオは大きな背中を揺らして溜め息を吐いた。トップマグ無き今、虎徹がヒーローを続ける為にはアポロンメディアとの関係性が何より重要であると言える。それ故、アポロンメディア代表のマーベリックから懇意にされているバーナビーに、悪感情を抱かせるのは得策ではない筈だが――。

「ま、お前らしくていいと思うぞ」
「んー、何がだって?」

誰にも媚びない、意志を曲げない。それが、鏑木虎徹が持つ何よりの魅力だ。こいつの魅力をより良い方向に変えることができた嫁さんは、とんでもない能力の持ち主だったのかもしれないな。程よく酒の回った頭で、アントニオはふと、並んで微笑む二人の姿を思い出した。



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今宵の音楽はレトロアレンジのボサノヴァだ。土砂降りの雨の音も、扉を閉じれば無に変わる。

「釈放おめでとさん」
「全く、全身から血の気が引いたぞ。お前の計画で、まさかこんな目に合うとはな」
「はは、悪かったな」

カチンとグラスをぶつけ合って、二人は同時に顔を崩した。虎徹が提案した「バーナビーの誕生日を祝うサプライズ企画」は、全く違ったサプライズに見舞われて、呆気なく幕を閉じたのだと言う。しかも、後になってブルーローズから聞いた話によると、プレゼントのぬいぐるみを受け取っても、バーナビーは礼一つ言わなかったらしい。「誰も祝ってくれなんて頼んでいません」。育ちのいい好青年だと思っていたが、そんな台詞を口にするあたり、虎徹の言うようにたいそう性格が悪いのだろう。

「まだコンビ解消は叶わないのか?」
「ん?ああ、バニーとの、か?……まあ、コンビでやってくのも悪くはないっつーか、会社の方針に背くのもアレっつーか」
「だが、今のまま続けていくのは大変だろう。バーナビーのような冷たい奴が相手なら、誰が組んでも破綻するさ」
「……アイツは冷たいんじゃなくて不器用なんだよ。他人とやってくのに慣れてねえだけで、蓋を開けたらそれなりに可愛いところもあるんだって」
「…………そうか?」
「ああ。この間もな、何かデスクの陰でコソコソやってんなーと思ったら、市販のブラックコーヒーにちゃっかりミルク足してたんだぜ?TVカメラが入った時には澄ました顔でブラック飲んでたくせに」
「…………」
「ほんと、そういうとこが可愛いんだよなあ」

グラスを泳いでいた氷が、カランと軽やかな音を奏でる。アントニオは、酒を楽しむことも忘れて、虎徹の横顔に見入った。垂れ目がちの眼が、やに下がった頬を余計に強調させている。愛娘に向ける笑顔に、僅かばかりの色欲を添え飾ったたような。愛情に満ちた虎徹の表情を見るのは、何年ぶりになるだろうか。

バックミュージックも佳境に入り、ピアノの鍵盤が忙しなく歌う。恋はするものではなく落ちるものだとどこかの誰がが行っていたが、寂しさによって生み出された強大な穴が、再び訪れた"恋"によって跡形もなく埋められるとしたら。虎徹はきっと幸せになれる。酔っ払いの戯言ではなく、本心からそう思っている。

「バニーの携帯、旧式のやつなんだけどな。この間、それに――」

珍しく饒舌になった親友に相槌を打ちながら、アントニオは穏やかに微笑んだ。自分には埋めることの出来なかった虎徹の心の寂しさを、僅かな時間で愛情の海に変えてしまった"有能"なルーキーに、僅かばかりの嫉妬心を抱きながら。


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