相対のノルム | ナノ
優しさとは
(5/6)



「暑い…」

建物の外に出て、歩き始めてから約1時間。私は辺りを覆う臭気と熱気に息も絶え絶えとなっていた。
先を歩くフィンクスとフェイタンはこちらに見向きもせず、軽々とゴミの山を越えていく。
必死に追いつこうと足を動かすが、灰色の足場がぐにゃりと沈み、思うように走れない。

もはや原型が何だったのか分からない不要品。それらの上で当たり前のように生活する人がいる。

(なんて、変な場所…)

改めて思う。なぜ、こんな奇妙な場所に来てしまったのか。


「遅せーぞ。早く来い」

前を行くフィンクスが苛立った声を上げる。

「待って…足の傷が、開きそう…」
「もたついてる暇ないね。引きずて行くか」

フェイタンの言葉にぶるっと身震いし、私は全力で拒否した。
そして、この状況に追いやった黒髪の少年を思い出し、胸の内で恨み言を並べる。

朝食を終えた後、流星街の「長老」と呼ばれる人物の元へ行くことになったらしいのだが、クロロは「先に行って事情を説明しておく。お前たちはユニッドを見張りながら連れて来い」と言って一人でさっさと出かけてしまったのだ。

そのおかげで、敵意満々の少年2人とこうして楽しい時間を過ごす羽目となったわけだ。

「なあ、フェイタン。こいつ遅っせーからおぶってやれよ」
「は?なぜ、ワタシがそんなことしなきゃならないね」
「このままじゃ、ジジイんとこ着くのに日が暮れちまう。そのほうが効率的だろ」
「背中を敵にとらせるなんて冗談。そういうお前が運べばいいね」
「嫌だよ、俺だって。めんどくせぇ」
「なら、縛て引きずるか」
「(…私、ここで死ぬかもしれない…)」


「何、言い争ってんの?」

己の死を予感したとき、凛とした声が間に入った。
汗で滲む視界に、ゴミ山を駆け降りてくる桃色の髪をした少女が映る。

「…その子誰?」

勝気そうなつり目が私を見下ろす。誰でもいいから助けてくれ、という気持ちで私は近づいてくる少女に返事をした。

「ユニッド、です」
「ふーん?聞いたことない名前だね。どこの子?」
「こいつ、昨日突然流星街に現れたらしいぜ。クロロが見つけてさ」
「クロロが?」
「ああ。本人は記憶喪失とか言ってるが、本当か分からないからジイさん達に見せに行くところだ」

珍獣をみる目つきでじっと見つめられる。同時に品定めされている気がして、私は居心地の悪さを感じながら縋る思いで少女を見返した。
きっと今鏡を見たら、いきなり異世界に放り出されて途方に暮れている、みたいな顔をしているんだろう。実際、私の置かれている境遇はまさにその通りと言える。

しばらく観察して、少女は肩をすくめた。

「本当なんじゃない?なんか、迷子みたいな顔してるし」
「そうか?こいつ、結構ふてぶてしいぞ」
「わかんないけど。ただの勘だよ」
「…マチの勘は当たるね」
「ま、どのみち長老のところには行かなきゃだね。でないと流星街の住民として認められない…ところであんた、足怪我してるの?」
「あ…うん」
「この2人にやられた?」
「違ぇーよ。俺らが来る前から怪我してたんだよ」

フィンクスが憤慨しているが気に留めず、マチと呼ばれた少女は懐から布を取り出す。

「傷口、開いてるよ。ちょっと足出して」

ビッと口で布を細く裂き、ぐるぐると足に巻いてくれた。ここに来て初めて真っ当な人間の優しさに触れ、じーんと胸が温かくなる。

「ありがとう」
「じゃあ、貸しね」
「え?」
「あんたが稼げるようになったら、借りを返してくれればいい」

マチは平然と言い、私をひょいっと抱き上げた。
傍で見ていたフィンクスとフェイタンもぎょっとして驚いていたが、私はもっと驚いた。

同い年くらいの少女が軽々と私を持ち上げているという事実。しかも、膝と背中に腕を回して持ち上げる…いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「さ、早く行くよ」

少年2人に呼び掛けて、マチは走り出した。人間を抱えているとは思えない速度で。
振り落とされる不安を微塵も感じさせない、安定した走りだった。

(お、漢らしい…)


その後、しばらく走っているとシャルナークという金髪の少年が私たちの目の前に現れた。

「あれ?なんか珍しい組み合わせだね。フィンクスとフェイタン…それにマチが一緒にいるなんて」
「お前こそ、なんでこんな所にいるんだよ」
「別に、何か落ちてないか適当に探してただけ。というか…マチが抱えてる子、誰?」

もう何回目になろうかという説明をすると、面白そうだから俺もついてっていい?とシャルナークが無邪気に笑った。

「期待するような面白いことは、何一つないと思うけど…」
「そうかな?でも、キミってなんか変だし。クロロがどうして保護したのか、それも気になるなぁ」
「確かに。クロロって、あんまり他人に興味持たないよね。わざわざ長老に報告するとか珍しい」
「普通なら放っておくか、殺すかしそうだな」
「(…そんなに危ない人だったのか)」


そして、最終的に総勢5人となった一行は、風のようにゴミ山の上を駆け抜けたのだった。


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