相対のノルム | ナノ
目覚めたら
(3/6)



長い夢を見ていた気がする。

目を開くと、遠くに灰色の天井が見えた。
高いな、とぼうっとした頭で考える。何と比べて高いのか、思い出せないけれど。

そろそろと身を起こすと、体のあちこちが痛んだ。床についた手も、動かした足も、切り傷だらけのようだ。
なぜこんなに怪我をしているのか、ここはどこなのか、全く分からない。

「起きたのか」

出し抜けに近くから声をかけられ、ビクッと体が跳ねる。視線を移すと、本を片手にこちらを窺う黒髪の少年がいた。埃っぽいソファのようなものに腰をかけている。
対する自分は…と見てみると、床に敷かれた布きれが目に入った。
布団というにはあまりに薄く、綺麗とは言いがたい布。しかし、特に不満は感じなかった。

それどころではない、と言ったほうが正しい。

「…ここは、どこ?」
「流星街だ」
「りゅうせいがい?」

場所の名前を聞いてもピンと来ない。思い出そうとして首を捻ると、頭がズキリと痛む。

「…よく分からない。私、なぜここに…?というか、わたし、って…」

誰だっけ?

はた、と思い至って愕然とする。そうだ、とても大事なこと。
私は、誰だろう?

「思い出せないのか?」

黒髪の少年が真顔で問う。私は何とか思い出そうとして唸り、やがて諦めこくりと頷いた。

「思い出せない、です」
「記憶障害か?ちょっと待ってろ」

少年は立ち上がり、ポケットから鍵を取り出す。
壁際に置いてある古びた箱に鍵を差し込み、がさごそと何かを探し始める。
ぼんやりとその姿を目で追っていた私に、「受け取れ」と言って少年はキラッと光るものを放り投げてきた。
慌てて受け取ると、それはひび割れた手鏡だった。

「自分の姿を見てみろ。それで何か思い出せるかもしれない」

なるほど、と納得して私は曇った鏡に目を凝らす。そこに映っていたのは、青白い頬に藤色の目ばかりが大きい、痩せ気味の少女だった。肩まで伸びた髪は銀色。一瞬白髪かと思ったが、睫毛も銀色なのでもともとそういう色らしい。

自分の姿を見て、一つだけ分かったこと。

「名前、思い出した」
「そうか。何ていう名前だ?」
「…ユニッド」

そう、確か私はそう呼ばれていた。誰に呼ばれていたかは忘れてしまったけれど。

「ユニッド。他に思い出したことは?」
「あとは…まだ何も。頭、なんだか靄がかかってるみたいで…」
「無理はするな。怪我が良くなってから、考えればいい」

淡々と、そう言う少年を眺めて私は疑問を口にする。

「あなたは、誰?私を知っているの?」
「いや、知らない。今日初めて会ってお前を拾っただけだ」
「拾った?」
「どうせ後で分かることだから教えておこう。俺の名前はクロロ。ここ流星街にはあらゆるものが捨てられ、ここの住人がそれを拒むことはない。だが、」

そこでクロロは探るような眼差しで私を見る。

「お前が捨てられたものなのか、あるいは送り込まれてきた者なのか。それを判断しなければ、お前の処遇は決められない」

黒曜石の瞳にのぞき込まれ、心臓がきゅっと縮まった。
この人が言っていることは理解できる。要は私が敵かもしれないということだ。
自分自身のことが分からないから、何の弁明もできない。

「朝になればあいつらが来る…それまでは休んでおけ」

「わかっ…分かりました」
「敬語を使わなくていい。話しやすい言葉で話せ」
「うん。…ありがとう」

お礼を言ったら妙な顔をされた。理由が、よく分からない。

(分からないことだらけだなぁ…)

あいつら、というのはクロロの仲間のことだろうか。
これから私はどうなるんだろう。

何も思い出せない上、体は傷だらけ。これから先不安ばかりのはずなのだが、私はなぜか落ち着いていた。
どうとでもなれ、と自棄になっているのか。それとも、どうにかなるだろう、と楽観的なのか。

それとも、

「ユニッド」
「…なに?」
「ポトフ、とはなんだ?」
「…え?」

真剣な表情で質問してくるクロロを見返す。
ポトフって、あれ、だよね…?私の好物の。

名前の他にもう一つ、思い出せるものが見つかった。


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