先程まで人で賑わっていたはずの夜の繁華街は今やひっそりと静まりかえっている。
(街中で大砲の音が聞こえればそりゃ逃げるか)
この無茶ぶりは、おそらく沖田さんあたりが先陣きってるな。
それよりも…
「…」
「…」
何この気まずい沈黙!!
さっきから私をおぶってくれてる山崎さんの様子がおかしい。
いつもならこんな沈黙にならないように話題とか振ってくれるし、私のくだらない親父ギャグにも真面目にツッコんでくれるのに!
心なしか背中からしゃべるなオーラが放たれている気がする。
(なんでだろう…何か怒ってる?)
戦場から大分離れたにもかかわらず、山崎さんは走り続けていた。
「あの…もう走らなくても大丈夫じゃないですか?」
「…」
(負けるな、私!)
「もしかして…怒ってます?」
「…うん」
(うわー)
「ごめんなさい…私重いですよね、ダイエットします」
「いや、そうじゃなくて」
はあーとため息をついた山崎さんはようやく走るのをやめて歩き始めた。
「ごめん…美鈴ちゃんは悪くないよ。そうじゃなくて、…俺は自分自身に腹が立ってるんだ」
「え…」
「離れるんじゃなかった」
山崎さんの顔は見えない。
「ごめん」
真剣な声で謝られて、私は戸惑った。
「そんなの…仕方ないですよ、あの状況じゃあ…そういえば通り魔は?」
「ちゃんと捕まえたよ」
「そうですか…良かった」
「…良くない」
スネたように言われて思わずくすりと笑いそうになった。
山崎さんがなぜそんなに気にしているのか、分からないけれど。
「私は大丈夫ですよ、自分の身は自分で守れます。だから山崎さんは私を置いて行ってもいいんです」
小さな頃からそうしてきた。
自分の身は自分で守る、当たり前のことだ。
そしたらいつの間にか剣術が上達していて、いつの間にか真選組の女中になっていた。
さっきだって…山崎さんも私の本性を見たはずだ。
なのに前と変わらずに接してくれている、それだけで十分嬉しかった。私にとってはそれが特別で、大切なこと。
「関係ないよ」
それなのに
「それでも、俺は美鈴ちゃんを一人にしちゃいけなかったんだ」
なんで?
「だって美鈴ちゃんは、俺にとって何よりも優先させなきゃいけない人だから」
だからなんで……え?
……………ええ?
しん、と静まり返った空気の中、山崎さんの息遣いだけが聞こえる。私は言葉を失い、今しがた言われた言葉の意味を只々、考えていた。
「……………」
「…あの、なんか言ってほしいんだけど」
「……………………」
「…この空気耐えられないんだけど」
「……………………………………………………」
「〜〜美鈴ちゃん!」
耐えきれなくなった山崎さんは店の軒下にあるベンチに私を降ろした。
正面から見つめられ、逃げ場をなくした私の顔は赤くなっているに違いない。
「はっきり答えてくれるまで、帰さないから」
その時分かったのは、目の前の人は何があっても私を女の子として見てくれているらしいということと、その人の顔も真っ赤になっていたということだけだった。
**********
「山崎ィ!昨日はよくも敵前逃亡なんてしやがったなあ!!」
「副長!だからあれは違いますって…」
「切腹じゃあああ!」
「ぎゃあああああ!」
「美鈴?」
「なんですか?近藤さん」
「昨日山崎と何かあったのか?あいつ妙にテンション高いんだが」
「…さあ、掃除機に吸い込まれて奇跡的に生還したんじゃないですか?試してみます?」
「すみません、遠慮します」
終