「つーかっ…どんだけ階段があんのここーっ!!!」
ぜーぜーと息を切らしながら階段を登る。だだっ広い城の中をぐるぐると巡り、私は疲れ果てていた。
(大事な戦いを前に、体力消耗させるのが狙いか!)
だがしかし、私のバッグにはモーモーミルクやサイコソーダ、回復用のドリンクがたくさん入っている。準備万端!…あ、でもこれポケモン専用か?
モンスターボールがカタカタ揺れる。
「大丈夫だよ!自分で走れる!あなたたちは体力温存しておかなきゃ」
私にはポケモンの言葉は分からない。でもまあ、何となく気持ちは伝わるわけで。今のカタカタは“疲れてるなら背中に乗ってよ!”ってことでしょ。揺れたボールに入ってるの、空を飛ぶを覚えてるウォーグルだし。
作戦を立てるのはトレーナーだけど、実際に戦うのはポケモンたちだ。何でもかんでもポケモンに甘えるのは良くない。
汗をぬぐい、私はカバンのなかにしまってあるライトストーンをチラ見した。
(変化なしか…)
さっき改めて覚悟を決めたつもりだったが、まだ何か足りないのだろうか?
Nに半端だと言われ、悔しかった。
間違ってないかも、なんて一瞬でも思った自分が悔しい。
「あーもうムカつく〜っ!!」
そう、すごく悔しいんだ。
しばらく似たような廊下をひた走り、階段を駆けあがり、色々な部屋を覗いた。
「あれ?なに、この部屋」
その中で、一つだけ奇妙な部屋があった。薄暗く、壊れかけたオルゴールの音が聞こえる。豪奢な家具やシャンデリアで飾られていた他の部屋とは雰囲気が全く違う。
そこは子ども部屋だった。
(どうしてこんな城の中に…?)
あちこちに古いおもちゃが散らばっている。積み木、ぬいぐるみ、パズル、車の模型、バスケットボール。そして壁や床には引っ掻き傷がある。
少し不気味だったが、好奇心が湧いてきて私は歩きまわった。
城には似つかわしくない、忘れ去られたような部屋。ここに何かプラズマ団の秘密が隠されているかもしれない。
(たくさん傷がある…これってポケモンの爪の跡だよね。部屋の中で遊んでたのかな?)
よく見ると扉の周りに多くの傷がある。
まるで、逃げ出そうとして付いたような、深い傷跡。ここに連れて来られたポケモンは、閉じ込められていたのだろうか…。
そして、見つけた。小さな鉄道模型の裏側に、持ち主の名前が書かれていた。
ハルモニア・N・グロピウス
「…っ!」
息をのみ、もう一度周りを見渡す。ポケモンの引っ掻き傷や使い古されたおもちゃの数々を。そして想像した。子どもの頃のNが、人間によって自由を奪われたポケモン達と遊ぶ様子を。
そう仕向けられたのだ。プラズマ団の創始者、ゲーチスによって。
人間に傷つけられたポケモンだけを選び、Nの傍に置いた。物心ついた時からずっと、人間を嫌いになったポケモンと暮らし、彼らから人間の話を聞いていたのだ。
「ああ…」
そっか。ストン、と心に落ちてきたもの。Nの原点がここにある。
私は部屋を出た。その後城の使用人に会い、語られたNの話はゲーチスの陰謀を裏付けするものだった。
きっとNにとって、ポケモンだけの世界を望むのは自然なことだったんだ。人間はポケモンの敵だと、幼い頃から刷り込まれていたのだから。
あの偏ったおもちゃ箱みたいな部屋に閉じ込められて…自由を奪われて。
許せない。
憤りと切なさと、ごちゃ混ぜな感情が押し寄せて胸が苦しくなる。
今はっきりと分かった。私が戦わなければならない相手はNじゃない。本当の敵は別にいる。