ストレイシープ | ナノ
序章  緑の庭
(1/5)


生い茂る緑の隙間から零れる光は柔らかい。
森林浴にはうってつけの場所。遠くでは鳥のさえずりが聞こえ、木々の香りに癒される。

それなのに、だ

どうして私は手に汗を握って震えているのだろう。
どうして首筋に鋭いなにかを突き付けられているのだろう。

それでもって、なぜ、自分と同い年くらいの男の子に羽交い締めにされているのだろう。
後ろ手を捩じり上げながら、銀髪の少年は凄みをきかせた声で低く問うた。

「お前、誰だ」

…泣きそうになりながら思う。

そんなのこっちが訊きたいよ。


**********


遡ること一時間前。

豪奢なアンティークの家具が並ぶ部屋の中。
私の目の前には『一日一殺』と書かれた服を着ている老人と鍛え抜かれた体躯の男性がいた。

なんというか、2人共オーラが半端ない。数々の死線をくぐり抜けてきたって感じ。

「おぬしがレイトンの孫か」

身体を縮こまらせてソファに座っていた私は、老人の言葉に頷く。

「そんなに硬くならんでいい。なるほど…確かに髪と瞳の色が似ておるな。若い時はあいつも赤茶の髪をしとった」

懐かしむように口髭を撫でる老人は、かつて私の祖父の友人だったらしい。名前はゼノ=ゾルディック。
そう、有名な暗殺一家『ゾルディック家』の人間であり、隣にいるのは頭首シルバ=ゾルディックその人だ。こんな大物を前にして緊張しない方がおかしいって。

「手紙に同封されていた写真の姿とも一致している。お前がマキ=カザミで間違いないな?」
「はい」

渋い声だなぁ…なんて、のん気に考えてる場合じゃないけど。

「ならば一月程前、お前の祖父であるレイトン=カザミがオレ達に送ってきた手紙について知っているか?」
「…いいえ」
「ふむ、手紙の内容を要約するとな、“自分はもうすぐ死ぬ。死んだ後は孫娘をよろしく”と。大体こんな事が書かれておった」

唖然とする。全く知らなかった。
というかおじいちゃんは、いっつも私に肝心な話をしてくれないのだ。一月前に亡くなるまでずっと、それは変わらなかった。

「この手紙にはおぬしに両親がいないと、レイトンが死んだら一人ぼっちになってしまうと書かれていたが事実か?」
「…はい。私の両親は放浪の旅へ出たきり帰って来ません。他に親戚もいないし…」

でも、と私は続けた。

「私一人でもやっていけます。今までだって、おじいちゃんから教わった薬作りの技でなんとかやりくり…」
「できていないじゃろ。ここ数日おぬしらの店を執事に見張らせておったが、じじいが死んで客足がぱったり途絶えたと聞いとるぞ。跡を継いで間もない娘っ子の作る薬じゃ、まだ信用されとらんのではないか?」
「うっ…!」

図星を突かれ、言葉に詰まる私を見てゼノは息を吐いた。

「全く、ほんに最後まで勝手なヤツだわい。こんな面倒事を押し付けるとは。…しかし、あいつには少なからず恩があるからのぅ」

ゼノはしばらく考え込むように目を細め、再び視線を寄越した。

「おぬし、薬作りを教わったと言っておったな。…毒薬の作り方も習ったのか?レイトンの本業は古今東西の毒を扱う専門家だったこと、もちろん知っておろう?」

「それは…もちろんです。毒と薬は紙一重ですから。ゾルディック家の方々にはよく使って頂いてたって、常連さんだったって聞きました」

「そうじゃの。普通は他人が作った毒なんぞあまり使わんのだが、あいつの毒は特別じゃった。中でも解毒不可能と呼ばれる猛毒があってな、それがあいつの十八番だったんじゃ」

「もしかして…」

ふと、脳裏を過ったのは厳しい祖父の顔。門外不出と言われる毒の精製法を教えてもらった時のことだ。手順を紙に記すことは禁じられていたため、全て身体に叩き込まれた。
調合を間違えそうになる度、きつく叱責されたものだ。

「私、その毒作れます(たぶん)」
「!そうか…」

ゼノはにぃと口角を上げ、シルバの方を振り返った。

「シルバ。こやつは意外と役に立ちそうじゃな。どんな娘かと思っとったが…毒を調合できるとなれば話は早い」
「そうだな。他の皆も納得するはずだ」

なにやら知らぬ間に話が進んでいく。置いてけぼりを食らっていると、腕を組んだシルバが鷹のような目で私を射抜いた。

「マキ、お前がオレ達にその毒薬を作ってくれるというなら、通常価格の10倍で買おう。それだけの大金があれば路頭に迷うこともないだろう」
「えっ…?」
「必要な材料はこちらで揃える。調合している間の衣食住も保障しよう。作り終わるまでこの家で暮らせばいい」
「ええっ!!?い、いえ、ありがたいお話ですが…毒の精製には1ヶ月以上かかるんですよ…?」
「全く問題ないじゃろ。あっという間じゃ」
「そうと決まれば早速材料を取り寄せるとしよう。マキ、必要なものを教えてくれないか」
「あっはい…。あ、でも入手困難なものばかりですし…お値段もそれなりに高いんですけど…例えばこれとこれ…」
「ああ、大丈夫だ。これなら3日もあれば取り寄せられる。じゃあ親父、後は頼んだぞ。キキョウはオレが説得する」
「おう、任せた。それではマキ、おぬしも材料が届くまで好きに過ごして良いぞ」
「え、っと…?」
「部屋は後で執事に用意させるからの。それまで庭でも探索してきたらどうじゃ」


そんな具合で流れに流されまくった挙げ句、私はゾルディック家居候の身となることに決定してしまった。瞬く間の出来事に思考回路が追いつかない。え、なんなのこれ?

軽く眩暈を覚えながら私はゾルディック家の屋敷の外へ連れ出された。

「部屋の準備ができ次第呼びに来よう。夕食の時間になったら他の家族にも会わせてやるぞ。よいな」

私が頷くのを見届けると、ゼノは満足げに後ろ手を組み歩き去って行った。


…天国のおじいちゃん。私の運命は一体どうなっているのでしょうか?


**********


混乱した頭のまましばらく歩き回ってみて分かったこと。
ゾルディック家の庭とは=ククルーマウンテンのことでした。(約120平方キロメートル)

…いや、広すぎるだろ。気分転換にお散歩しようって感覚で出てきちゃったわけだけど、そんな軽い気持ちでいたらダメな感じだよ。だってこれ山登りだもの。

脳内ツッコミを入れつつ私は周囲の草木に目を奪われていた。
あ、あそこに生えているのはキドクジャコウソウだ。あんなに自生しているなんて…。
あっ!あれはジギドコロの花?強い香りがするしそうだよね。めったにお目にかかれないよこれ…採っちゃまずいかな。

ククルーマウンテンは珍しい薬草・毒草の宝庫だった。新米薬剤師の私が目を輝かせるような植物がわんさか生えている。夢中で観察して回りながら、私はここに至るまでの経緯を思い返していた。


おじいちゃんが死んだ後、2人で切り盛りしていた小さな薬屋さんは私の手に委ねられた。
あまりにも突然のことで、覚悟していたとは言え、やはり辛かった。

しばらくは作り置きしてあった薬を売って、これまで通り暮らしていこう。そんな甘い考え方をしていた。

私はすぐに現実の厳しさを知ることになる。齢14の少女が世の中で信頼を得るためには、それなりの実績が必要なのだ。

あらぬ噂を立てられ、私の作った薬は全く売れなくなった。それでも私は、自分一人で困難を乗り越えてやろうと、努力しようと決意していた。
そこに突然現れたのがゾルディック家の執事と名乗る人。祖父のお得意様なのは知っていたが、まさかゾルディック家に遺言まがいの手紙を送りつけているとは思わなかった。


一つ思い出した言葉がある。生前おじいちゃんが言っていた言葉。

『ゾルディック家は貴重な金ヅル…もとい常連だ。縁を切るんじゃねぇぞ』

そうは言ってもね、おじいちゃん。ここは最恐の暗殺一家が住まう家だよ?かたぎの私にはちょっと刺激が強すぎると思うのよ。

なんで、私をここに預けようだなんて考えたのだろうか。ウチの偏屈じじいは。

せめて理由を教えてよ。

帰ってきてよ…


多少センチメンタルになっていた私は、その時オニカヅラの茂みに身を屈めていた。
茂みに影が差す。ふと、人の気配を感じた次の瞬間。

人生で初めて、足がすくむ程の殺気を浴びせかけられた。

「ひっ…!」


そうして、話は冒頭へ戻る。


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