君を想う
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いつの間に、こんな感情が生まれたのだろう。
空を見上げるセルシアの横顔を、青く澄んだその瞳を見て、ただ純粋に綺麗だと思った。
一緒に纏をした時、セルシアと同じ感覚を共有していることに喜びを感じた。
触れたいと思った。
抱きしめたくなる衝動を押し殺して、代わりに触れたセルシアの頬は柔らかく、温かかった。
何日か前の出来事であるにもかかわらず、この手にはまだ優しい温もりが残っている。
いつの間に、こんな――
「クラピカ?」
「!……何だ?」
セルシアが私の顔を覗きこんでいる。手には紙袋を抱え持ち、切り株に座り込む私のすぐ目の前に立っていた。
「買い物行ってきたの。はいっ」
セルシアが渡してくれたのは胡桃入りのパン。まだほんのり温かく、香ばしい匂いがする。
「焼きたてを食べてもらおうと思って、急いで帰って来たんだ。おかげで記録更新したよ!」
嬉しそうにストップウォッチを見せるセルシア。毎回修行の一環として、街から森までの移動時間を測っているらしい。…それにしても、60キロ離れた場所に片道2時間弱で帰って来るとは…
「すごいな…」
「最近、魚しか食べてなかったでしょう?やっぱり、主食がないと力が出ないよね。…あ、まだあるから、たくさん食べてね」
「ああ…有難う」
セルシアは私の隣に腰をおろし、紙袋から取り出したもうひとつのパンを食べ始める。
しばらくの沈黙。風がそよぎ、セルシアの髪をなびかせた。
「あの、クラピカ」
「ん?」
「私、実は…念の存在を知った時からずっと、考えてることがあるの…」
「…弟のことか?」
セルシアは驚いて私を見る。それから、小さく笑った。
「なんでもお見通しなんだね…クラピカは」
「私も同じことを考えていたからな。…君の弟は念能力によって操られているのだろう、と」
「やっぱり、そっか…」
落ち込むのではないかと心配していると、セルシアは逆にすっきりしたような顔をした。
「でも、“念を解除する”念もあるはずだよね」
「あるだろうな。…なかったとしても、セルシアが創り出せばいい」
「ふふっ…その通りだね!ありがとう、クラピカ」
眩しい笑顔で、セルシアが私の名前を呼ぶ。
“あの時”と同じだ。
軽い既視感に襲われると同時に、つい昨日、師匠に言われた言葉がよみがえった。
『お前の1番大切なものってやつは、何だ?』
“大切なもの”と訊かれたら、私の答えはずっと前から決まっていた。
しかし、あの時…最初に私の頭に浮かんできたものは、同胞たちの姿――ではなかった。
自分でも信じられない。そんなはずはないと、何度も打ち消した。
それでも、何度でも浮かび上がってくるのは、
君の笑顔。
「私は、絶対テンダを助けてみせる」
力強い笑顔が、一瞬、泣きそうに見えたのは…オレの気のせいだろうか?
どれだけの辛い思いを抱えて、彼女は笑っているのだろう。
愛おしい。ずっと、君に惹かれていた。
けれど
だからこそ、セルシアにこの思いを伝えることは、できない。
私の行く道は、暗く血塗られた路だから。
セルシアには、弟を助けるという何よりも大事な目的がある。闇の中へ引きずり込むわけにはいかない。
これ以上、巻き込みたくない。
セルシア、君は優しいから…私がそう言えば「そんなことない」と返すのだろう。
それは分かっている。だから、何も言わないよ。
「…セルシア」
「…ん?なあに?」
“さ よ う な ら”