出会い 01
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ドーレ港に向かっている船の乗客たちは、ほとんどが船酔いで倒れている。
先ほどすさまじい嵐の中を航海してきたばかりなのだ。
そんな中、平気な顔をしているツワモノが4人いた。
1人目は黒髪の少年。かいがいしく船酔いした乗客の世話をしている。
2人目はハンモックの上で寝ている金髪の青年。
3人目は黒いスーツを着てエロ本らしきものを読んでいる男。
そして4人目は乗客の中でただひとりの少女――セルシア=シャイトだった。
明るいベージュ色の髪は肘に届くほど長く、瞳は淡い青。
服装はクリーム色のシャツに半ズボン、その上に黒いワンピースを着て腰には細かい装飾がほどこされた金属の杖をくくりつけている。
少女はりんごを食べながら思案にふけっていた。
(ハンター試験・・・ものすごい難関だと聞いたけど、一体どんな試験なんだろう・・・?)
しばらくして、先ほどの倍近い嵐の中を航行することになり、大方の乗客は悪態をつきながら救命ボートに乗って近くの島まで引き返して行った。
「結局、残ったのはこの4人か」
様子を見に来た船長が4人に話しかける。
「名を聞こう」
「オレはレオリオという者だ」
「オレはゴン!」
「私の名はクラピカ」
「私はセルシアといいます」
「お前ら、なぜハンターになりたいんだ?」
突然の船長の質問に、セルシアは面食らった。黒スーツの男――レオリオは答えるのを拒否して船長ともめ始める。
その時、ゴンが元気よく手を挙げた。
「オレは親父が魅せられた仕事がどんなものかやってみたくなったんだ」
あっさりと質問に答えたゴンに、レオリオは「協調性のねー奴だな」と言う。
「オレはイヤなことは決闘してでもやらねェ」
ここで金髪の青年――クラピカが口を開いた。
「私もレオリオに同感だな」
「おい、お前年いくつだ。人を呼び捨てにしてんじゃねーぞ」
クラピカはレオリオを無視して話を続けた。
自分の内面に深く関わっているので答えることはできない、と。
「それじゃ、お前らも今すぐこの船から降りな」
「!?」
なんでも、船長はハンター協会に雇われた者で、ハンター志望者をふるいにかけているらしい。
「お前らが本試験を受けられるかどうかはオレ様の気分次第ってことだ。細心の注意を払ってオレの質問に答えな」
セルシアは心の中でため息をついた。どうやら話すしかなさそうだ。
「私は、行方不明の弟を探すためです」
「弟?」
「はい。3年前、私の家が強盗に襲われた時、家宝と共に弟も連れ去られてしまったんです。それ以来消息がつかめません」
「そうか・・・そいつはおそらく人身売買に関わってる奴らだ。居所を探るには、まず闇市場の顧客に近づかなきゃならんだろう」
セルシアは頷いた。
「弟と私以外の家族は全員強盗に殺されました」
「!!」
「奴らの情報を調べるため・・・それが、わたしがハンターになりたい理由です」
セルシアの言葉に、船長をはじめゴン、クラピカ、レオリオは驚きを隠せずにいるようだ。
セルシアは少し居心地の悪さを感じてうつむく。
(しゃべりすぎたかな・・・)
その後、クラピカが話し始めた。彼はクルタ族の生き残りで、同胞を皆殺しにした『幻影旅団』を捕まえるためにハンターを志望しているという。
今度はセルシアが驚く番だった。
(この人も家族を失ったのか・・・それも1人残らず・・・)
続いてようやくレオリオが質問に答えた。
「金さ!!金さえありゃ何でも手に入るからな。でかい家!いい車!うまい酒!」
「品性は金で買えないよ、レオリオ」
再びクラピカに呼び捨てにされ、レオリオはついにキレてしまった。
「3度目だぜ。表へ出な、クラピカ。うす汚ねェクルタ族とかの血を絶やしてやるぜ」
言いすぎだ・・・とセルシアが思ったのと同時に、クラピカの表情が冷静さを失い、刺すようにレオリオを睨んだ。
「とり消せ、レオリオ」
「『レオリオさん』だ、来な」
そして2人は甲板へ出て行ってしまった。船長とセルシアがあわてて止めようとしたが、ゴンがそれを止めた。
「放っておこうよ。『その人を知りたければその人が何に対して怒りを感じるかを知れ』ミトおばさんが教えてくれたオレの好きな言葉なんだ。オレには2人が怒っている理由はとても大切なことだと思えるんだ。止めない方がいいよ」
真剣な眼差しのゴンを見て、セルシアは思わず口を開いていた。
「実はね、さっき話した私の弟・・・ゴンとそっくりなの」
ゴンはびっくりしてセルシアを見つめたが、やがてにかっと笑った。
「そっか!だからセルシアさん、さっきからオレの方を気にして見てたんだね。どうしてだろうって思ってたんだ」
(この子…けっこう鋭い…)
「あの、私のことはさん付けしなくていいよ」
「うん、分かった!」
ゴンは嬉しそうに手を差し出す。
「改めて、オレはゴン。よろしくセルシア!」
「…こちらこそ、よろしくね」
セルシアは微笑んでゴンと握手した。
嵐はますますひどくなり、予想以上の荒れ模様だった。
クラピカとレオリオに続いて甲板に出てきたセルシアとゴンは、船がひっくり返らないように作業している船員を手伝おうとした。
そんな状況で、クラピカとレオリオの戦いが始まろうとしている。だがその時、船の一部が破損し、船員の一人が飛んできた木片にぶつかってしまった。
その船員は吹っ飛び、海へ放り出されそうになる。
クラピカとレオリオは船員を助けようと船のへりにつかまり手を伸ばしたが、その手は2人共届かなかった。
万事休す・・と思われたその瞬間、ゴンが飛び出して船員の足をつかんだ。そしてそのままいっしょに落ちそうになったゴンの足をセルシアがつかむ。クラピカとレオリオもゴンの足と体をつかみ、船員とゴンを引き上げた。
「あいてー鼻うっちった」
ゴンがセルシアの隣で鼻をおさえている。その調子はのんきといってもいいくらいだ。
そんなゴンにクラピカとレオリオが怒鳴った。
「何という無謀な!下は激速の潮のうずで、人魚さえ溺れるといわれる危険海流だというのに!」
「オレ達が足をつかまえなかったらオメェまで海のモクズだぞこのボケ!!」
(その通りだけどあなた達だってそんな所で決闘してたよね・・とつっこみたい)
「でも、つかんでくれたじゃん」
ゴンが堂々と言い放つ。ずーんという効果音が聞こえそうなその様子に、セルシアはくすっと笑った。
「ありがとう。レオリオさん、クラピカさん」
2人がゴンの足をつかんでくれなければ、セルシアも踏ん張れず海に落ちていただろう。
一瞬、言葉を失っていた2人は、やがて緊張の糸が切れたように緩んだ表情になった。
「非礼をわびよう。すまなかった、レオリオさん」
「何だよ水くせぇな。レオリオでいいよ、クラピカ。オレの方もさっきの言葉は全面的に撤回する。あ、セルシアもレオリオって呼んでいいからな」
「セルシア、私も呼び捨てでかまわない」
セルシアは微笑んで、もう一度言った。
「ありがとう。レオリオ、クラピカ」
その時、様子を見ていた船長が大声で笑い始めた。
「お前ら気に入ったぜ。今日のオレ様はすごく気分がいい!お前ら4人はオレ様が責任もって審査会場最寄りの港まで連れて行ってやらぁ!!」
こうして、4人の若者はハンター試験への第一歩を踏み出したのだった。