私の彼氏は生真面目だ。
性格そのものが、というのもそうだが、特にアメフトに関しては怖いくらいに。彼自身はそんなつもりはないのだろうが。
いつも努力を怠らないし、練習だってサボっているのを見たことがない。(改札を壊して練習に遅れたのは別として、だ)
というか、練習をサボっているところなんて想像もつかない。
トレーニング以外の時間は、彼が何をしているのかだなんて全く思い付かないぐらいだ。
むしろ、自由な時間はずっとトレーニングをしているのではないか、とさえ思ってしまう。
適度な休憩も必要だ、と言っていたため、ちゃんと休んではいるようだが。


そして、そんな彼と私が付き合っている、という事実が未だに信じられない。
玉砕覚悟で告白をしたのだが、何故かオーケーをもらってしまった。

無論、彼はアメフト一筋のため、私は二の次。
一緒に過ごす時間も、一般の恋人達と比べたら凄く少ない。

友達には、「良く付き合ってられるねー」とか、「私だったら絶対無理!」だとか、「もっといい人いるんじゃない?」とか言われるのだが、仕方ないではないか。私は彼が大好きなのだから。
他の恋を探すなど言語道断だ。
彼以上に好きと言える人がこの世の中に存在するはずがない。
私から言えば、何故友達に彼の良さが分からないのかが不思議であってならない。


とにかく、私の彼氏は真面目なのだ。
本当に付き合っているのかと、自分でも不安になってしまうくらい。





放課後、部活も終わり、下校する生徒が目につく。
そんな中私は、部誌をつけるために残っていた。
残り練も止め、帰り出す人が増えてきたころ、まだトレーニングをするために残っているであろう彼の元へ足を向けた。

ガチャン、ガチャン、と、部屋の外にも音が漏れている。
それは間違いなく、彼がそこにいるという証拠で。
もしかしたらトレーニングの邪魔になってしまうかな、という不安を胸に抱えながらも、扉を開く。


「…お疲れ様。頑張ってるね」

未だトレーニングに没頭している彼に向けて言葉をかける。
トレーニングに夢中で私が入ってきたことにも気付いてない様子だった彼も、その言葉で私の存在に気付いたようだ。

「あぁ。次こそは負けられないからな。」

目線を少しこちらに向け、またすぐにトレーニングを続ける彼。
…分かっていたことだけども、それが少し悲しい、だなんて。私はなんて贅沢な女なのだろう。彼と付き合っているというだけで幸せすぎるというのに。

「そうだね。来年こそは行くんでしょ?クリスマスボウル。」

「無論だ。」

っと、この質問はあまりにも無意味だったかな?
来年のために彼が頑張っていることは知っている。いや、彼だけではなく、メンバーの全員が。頑張っている、という表現では物足りないほど。


「何か用か?」

「あ、用ってわけじゃないんだけど…。トレーニング終わるまで待ってるから、えっと、その…」

そこで言葉を切る。
やはり迷惑だろうか。そんな思いが私の頭を支配して離れない。
続けるはずの言葉が、出てこない。「一緒に帰ろう」ただそう言うだけで済むことなのに。

「いや、あの…。やっぱ何でもない。私もう帰るから、戸締まりよろしくね!」

進の返事を聞く前に部屋を出る。
何をやってるんだ、私は。
自分の私情を部活に挟んでどうする。
部活中は選手とマネージャー。ただそれだけの関係。きちんとけじめはつけるって、決めたじゃないか。

「…ふぅ。帰るか。」

ずっと、扉に背を預けっぱなしだった私は、帰宅するべく足を進めだした。
この時期になると、日が落ちるのが早い。この時間では、外はもう真っ暗だろう。
本来なら進と帰るはずだった。(その予定すら相手に伝えることは出来なかったのだが)
もし一人で帰る予定だったら、もう少し早く帰っていただろう。
…暗闇は嫌いだ。深い闇に一人、取り残された気がしてならない。

本日二度目の溜め息が漏れる。
あぁ、本当に…

「何やってんだろ、私。」

軽く自己嫌悪に陥っていたが、嘆いても現状は変わらない。
少しでも早く家に着くよう、私は歩く速度を上げた。


…すると、遠くから足音が聞こえた。ものすごい速さで、足音が近づいてくる。その足音はどうやら、私の方に向かってきてるようで。

(え、何、何!?やだ、怖い…っ!!)

私の思いとは裏腹に、もうすでに足音は私のすぐ近くまで来ていて。
そしてその足音は、私の隣で止まった。

「…苗字、」

同時に、良く知った声が聞こえてきた。
え、あれ、…なん、で……?

「……進?」
「うむ。」
「よ、良かったぁ……。」

どこぞの誰かが自分を殺しにでも来たんじゃないか、と思っていた私は、あの足音の正体が自分の恋人であったことに安堵の溜め息をつく。
当の本人は、そんな私を見て怪訝な顔をしていたが。

「…というか。あれ、なんで進がここに…?トレーニングは?」

そう。今の私の一番の疑問。
さっきまで進はトレーニングをしていたはずだ。それなのに何故ここへ?
そんな私の疑問は、進の次の言葉で解決されるのだが。

「もう遅い。送っていこう。」

どうやらトレーニングは終わらせてきたらしい。どっちにしろ練習の邪魔をしてしまったようだ。…進はきっと、そう思ってはいないのだろうが。

…そんなことより(そんなことなんて言うのは失礼かもしれないが)、さっきの進言葉で私の涙腺は崩壊寸前だ。
なんだ、彼はちゃんと、私のことも考えてくれていたのではないか。

「…む、どうかしたか?」

そんな私を前に、再び怪訝な顔をする進。
目の前にいる相手がいきなり泣きそうになっているのだ。無理もない。
だがしかし、それを顔に出すのはもう少し耐えてくれないだろうか。さすがの私でも傷つく。
普段は分かりにくいのに。全く、困った人だ。

「ううん、なんでもないの。ありがとう。」
「…そうか。」

短くそう答える彼。それと同時に、差し出される手。
彼がそんなことするなんて思わなくて。びっくりしたのと嬉しいのと…。とにかく様々な思いがこんがらがってしまって、私の脳は今大惨事だ。

彼のその行動に、一度は引っ込めた涙がまた顔を出す。
そして今度は、その雫は収まることなく、私の頬を伝った。

「え、あれ…っ、何で、」

何で私、泣いてるんだろう?
きっとまた彼は怪訝な顔をするのだろう。そんなことはいともたやすく想像出来てしまった。そしてそれが簡単に想像出来てしまうのもやはりショックで。早くこの雫を止めなくては。頭ではそう思っているのに、気持ちばかりが焦ってしまってなかなか止まってくれない。

あぁもう。きっと彼は凄く困ってる。
いきなり泣き出した私を見て、自分が何か変なことをしてしまったのでは、と、己の行動を振り返っているだろう。
でも私が泣き出した原因が見つからないで焦ってる。当たり前だ。彼に分かるはずはない。だって、私にも良くは分からないのだから。

これは一体どうしたものか。
なんて冷静に考えてみるが、こんな状況をつくったのは私なわけで。そして雫は溢れ出したらなかなか止まらないわけで。彼は相も変わらず私の前に突っ立ってるわけで。

「ごめっ、すぐ、っ止める、から…っ」

言葉に嗚咽が混じる。あぁもうホントにどうしよう。
私がこの状況をどう乗り切るか考えていると、突然ふわりと私を包み込む優しい温もり。

「…泣くな。苗字が泣くと、どうすればいいか分からなくなる。」

降ってきた声も優しくて。
私はまた、本格的に泣き出してしまった。
バカ、それ逆効果だってば。

「……っ、進。」
「…なんだ?」

名前、呼んで?

小さく紡いだ私の声は、ちゃんと彼に届いただろうか。



こんなにも彼は優しさで溢れかえっていた
(…名前、)
(…ん、)
(名前)
(…清十郎、)
(好きだ)(好き)






10.08.14
………………
彼の腕の中は、どうしてこんなにも落ち着くのだろう。


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