「お前はなー、不思議な奴だったんだよ」

と、言ったのは原田だった。
面倒見がいいというか何というかで、私の前によく現れるのは原田と、私に対してあまり好意的ではない永倉、そして一番最初に会った沖田、観察をかねて土方、番外で裏が全く見えない近藤が食べ物を手に何やかやと理由を付けて、という具合だった。
私が以前いた頃には、もう二人――斎藤と藤堂という幹部も――いたというが、彼らには会わず仕舞いだった。言葉を濁した千鶴の様子を見るに、あまり突っ込んで聞くのが好ましいところでもないらしい。

「いきなり俺達の前に現れてよ。何でもお見通しっていうかな。でもどっか危なっかしかったんだよな、お前」
「――未来を知っている、って言ってたしな」

未来――未来。歴史のことだろうか。高校時代、社会科の選択は地理ではなく日本史だった。そういう意味では、知っていると言えるのかもしれない。
今目の前にいる原田や永倉という人物のことは知らないが、土方や沖田、斎藤の名前くらいは知っていた。
しかし妙な違和感があるのだ――特に、千鶴という女の子。
もしも、私がただここに来たのだとしたら――私がただ単純に、夏の終わりから秋の終わりか冬のはじめ頃までの現代の記憶を失っているだけだとしたら――、私が取る行動と、その時の私が取る行動に大した違いはなかったはずなのだ。

それを、未来を知っている――だなんて。今の私に、知っていると言えるほどの未来があるだろうか。否、これから時代がどう動くのかは知っていても、その詳細までは分からない。
知ろうともしなかった――それほど入試に頻出の分野でもないからと、教師があの分量をさらっと流したくらいだ。そもそも、私にとって、この時代は鬼門なのだ。

私は、何を忘れている? 空白の時間に――何があった?

「日歌さん……えっと、どうですか? 何か思い出したりしましたか?」
「いや……すみません」

ある夜二人のとき、千鶴に単刀直入に聞かれ、私はしばし逡巡した。
「すみません! いいの……えっと、ゆっくりで……」と尻すぼみになった彼女を見て、ふと、もしかしたらこの子とは他の人達に比べると距離感が近かったのかもしれないと思った。
――そういえば何だかいつも、彼女の口調にはぎこちなさが伴っている気がする。

「でも日歌さん、あの時と同じで。なかなか食事をしようとしなかったところも、人前で食べたがらないところも」
「……そう、ですか」
「ええ」

「私は、千鶴さんから見て……どんな人だったんですか?」

ふと。私はふと、千鶴の顔を見ているうちに、そんなことを口にしていた。何の身構えもなく口にした私に、「そうですね……」と呟いた千鶴が返した言葉は、想像をはるかに超えていた。

「不思議な人だと思いました。悪い意味ではなく、素敵な人だと――」
「ありがとうございます。“私”も本望でしょうね、千鶴さんみたいな可愛い方にそう言ってもらえたら。“私”は、他の誰よりも千鶴さんと仲良くしたがっていたんじゃないですか?」
「そんな、私は嬉しいですけど……でも日歌さんは、沖田さんのことを気にかけていたはずですよ。日歌さんがいなくなってから、余計にそう思うようになったんですけど」
「……え?」

まさかそんな、と盛大に困惑する。そんなことがあるわけはないと――思う。根拠はないが、しかし、名前が出てきたのが他でもない沖田総司だということが私を動揺させた。
私は、他の誰を差し置いても、彼に対してだけは一定の距離を保つだろうと思っていたのに。

「沖田さんも、日歌さんのことを気にしてたんじゃないかと……だからこそ、今はあんまり日歌さんに話しかけないんじゃないかと。以前との違いが、その……すみません、私」
「……そんなに私の態度は違っていますか? いえ、忘れている、っていうのを抜きにしても、私がそれほど気を許すとは思えないんですが」
「それほどでもない、といえばないですが……うまく言えなくてごめんなさい。何ていうか――むしろ忘れている、というのか不自然なくらいなんです。他の人に対するのと比べて、表向きは変わらないというか……勿論少しは違うんですが、思っていることは違うはずなのに……って。よく分からないです、ごめんなさい」
「……え?」
「素っ気なかったんです。それこそ演技だったみたいに……今の日歌さんを見ていて、私はそう思いました」

しかし引っかかることもあった。コートの右ポケットに入っていた――パスケース。
あの日、鞄を見せた時は頭になかったコートの存在を、後から思い出した。
パスケースそれ自体には何も問題はない。カーディガンかコートのポケットに無造作にパスケースを入れることは、自分の悪いと思ってもやめられない癖だった。
しかしその毎日持ち歩いていたパスケースには、見覚えのない黄緑の紐が括りつけられていた。

「それ……その紐、沖田さんが」

それを見た時の、驚きと嬉しさの混じった千鶴の顔を思い出す。
とはいえパスケースの中を見せるわけにはいかないと直感していた。中に入っているのは定期と学生証――見せるにはいささか都合の悪いものだと、“私”が言った気がした。
それに――それに、もし今千鶴から聞いた話が万が一本当だったとしたら。
私が沖田総司を好きだったのだとしたら――沖田総司を思って紐を毎日持ち歩くパスケースに括り付けていたのだとしたら、それを本人に知られるのは不都合だと思う。

何故なら、“私”が彼に、気持ちを伝えることを選ぶはずがない。選ぶはずがないのだ。
私も人間だ、百歩譲って気持ちが動くこともあるかもしれない。しかし私が私である以上――選ぶはずがない。
道を違える彼らと馴れ合うようなことを。そうだろう――?

――と、考えたところで、脳裏に沖田が過ぎった。
それは私は見たことのない表情だと思う間もなく、“目が覚めた”。

――ああ、そうだった。
忘れていたとはいえ、私が考えたこともあながち的外れではない。

何故あれだけの記憶を忘れられたのかとも思うが――もしも私が望んだのなら。
何もしがらみのない――とはいかなかったが――クリアな視点で、彼らを見たいと望んだのなら。

そう考えて、私はぎこちなく笑った。本当にここに戻ってきたのだと思って。

「……ただいま」

ただいま、二度と触れることのないはずだった世界。


...end




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