――気怠そうに煙草を吸う横顔が、何年も経った今でも忘れられない。
柄にもなくどきどきした。
はじめてだった。
もう元にはもどらないはじめてだった。
痛みと、じわじわ燻る快感を引き摺りながら、俺はずっとその横顔を見ていた。
苦くて重い煙が目に染みて、何だか泣きたくてたまらなくなったんだ。
なあ聖英くん。何であのとき、俺のこと抱いたの。
【HOPE】
高校生活、一言で表すのなら「それなり」だ。ダチと駄弁って馬鹿やって、適当にやり過ごしていりゃそれなりに楽しい。そんなやる気のない俺は藤 庵(ふじ・いおり)。白に近い金髪にピアスがトレードマークである。
「ふー……」
屋上で吸う煙草をふかすのが日課となってしまった。煙草は好きじゃない。けれど、吸っていると何だか落ち着くのだ。――いや、落ち着くのともまた違う。こうしてぼーっと煙草を吸っている間だけは、何も考えないで済む。
満遍なく授業をサボって、危うくなったら授業に出て。やる気のない高校生活も2年目に突入してしまった。
「いおり!」
ガチャリとドアを開けたのは、同じクラスの永瀬 蓮(ながせ・れん)。面倒見が良く、落ち着きがあって成績優秀。それでいて顔立ちも整っていて、非の打ち所がない幼馴染だ。幼稚園小中高と一緒という腐れ縁でもある。
「やっぱここにいた」
「サボってんじゃねーよ」
「庵に言われたくないっつの」
ははは、と笑いながら蓮は俺が片手に持っていた煙草を奪い取り、地面に投げた。そのまま上履きでぐりぐりと踏み潰す。
「吸い始めたばっかだったのに。勿体ねー」
地面に落ちた吸い殻を見つめた。ぐしゃぐしゃに折れ曲がったそれは無残の一言に尽きる。
「他の銘柄だったらこんなことしてない。この銘柄だけは、まじで不愉快だからやめて」
蓮の眼差しが冷たいものになった。
変な奴だなあと思う。『煙草を吸うこと自体をやめろ』ではなく、『この銘柄を吸うのだけはやめろ』なのだから。
ふっと笑みが漏れた。
「聖英くんと同じ銘柄だから?」
挑発するように笑うと、蓮は思いきり顔を歪めた。その名を耳にするのも不快でたまらないのだろう。
「……兄貴の名前出すな」
わかっていて、地雷を踏んだ。
背筋がピリピリするほどの冷たい声色に俺は白旗を上げる。やべ、煽りすぎた。
「ごめん」
「……」
「れーん。ごめんて」
「わかってて煽んなよマジで……」
「冷静な蓮が唯一取り乱すのが聖英くんのことだから、ついからかいたくなる」
「性格わっる!」
ぎゅ、と抱き締められる。
言っておくが俺は蓮と付き合ってはいない。
俺らの距離感なんて昔からぶっ壊れていた。抱き締められるし、抱き締める。
「庵からあいつとおんなじ匂いがすんの、本当に無理なんだ」
怒りと切なる思いをぐちゃぐちゃに混ぜたような声だった。
蓮は世界一聖英くんのことがきらいだ。たったひとりの、血の繋がった兄のことがきらいできらいでたまらないらしい。
「よしよーし」
蓮の頭をわしゃわしゃと撫でる。ワックスをつけていない髪はさらさらと指通りも心地いい。
こうしてやると、蓮は大人しくなる。犬みたいだ。
「あー腹減った。ラーメン食いに行こうぜ」
「庵は自由だよね、腹立つくらい」
年相応に笑う蓮は、聖英くんが俺のはじめてで唯一のひとだなんて、恐らく知らない。
バレたら、蓮に殺されるかな。
ポケットの煙草をそっと握り締めた。捨てることなんて出来そうにないのが、笑っちゃうほど虚しい、なんて。
白昼夢にとける